07.09
2008年7月9日 変
今日の昼食は、築地の「千秋」だった。ビッグコミックに連載中の「築地魚河岸三代目」で知られる売る店である。鰺/中トロ丼を食った。1200円。最初は美味かった。
いや、そんなことはどうでもよろしい。話は、私に遅れて入ってきた男の客である。
カウンターしかないこの店で、その時、空きは1席しかなかった。引き戸を開けて中を覗き込んだその客に、カウンターの中から、
「いらっしゃーい!」
と威勢のいい声が飛んだ。普通なら、その声に誘われるように店に入り、空いている席に腰をおろす。
だが、この客はなかなか入ろうとしない。
「変だな?」
とは思った。が、考えてみれば、それはあり得る。いま中を覗き込んでいる客は、きっと2人連れなのだ。2人で千秋の丼飯を食べようと思ったが、空きが1席しかない。さて、どうしよう? 待とうか? ほかの店に行こうか?
私にだって、そうやって迷った経験はたくさんある。
ところが。
しばらくして、その客が店に入ってきた。1人である。連れなどいない。1人? だったら、店にはいるのをどうしてためらう?
それに、この蒸し暑い中、ネクタイを締め、スーツの上着を着込んでいる。あんたの会社、クールビズはやってないの?
変、である。
その客は、丼ものと小鉢を注文した。いや、注文の様子をうかがっていたわけではない。私は、自分の目の前にある鰺/中トロ丼に集中している。他人が何を食べるかなど、関心の外である。
とはいえ、目の前の鰺/中トロ丼に集中していても、目だけは動く。動いた目の先に、その客がいた。その視線の先に、お浸しのようなものを口に運ぶその男がいた。この店では、丼を注文すると、丼とおすまししかでない。お浸しなどは別注文である。そして、お浸しなどを別注文する客はほとんどいない。私は1度も食べたことがない。
小鉢料理を注文する。変わった客である。何となく、関心を引かれた。
見るともなく見ていた。するとこの男、デジカメを取り出した。そいつで、自分の目の前の昼食を写真に撮り始めたではないか!
自分の昼食をカメラにおさめる。どう考えても変である。
おすましを取り上げた。妙にもったいぶった顔をして一口口に含み、飲み下す前に神妙な顔をして考え込んでいる。
変だ、変だ、変だ! おい、君、君はいつもそんな顔をして昼飯を食ってんのか? そんな顔をして食って、美味いのか?
ま、よけいなお世話かも知れないが。
ここまで来ると、この奇妙な男の正体がはっきり見えてくる。
あちこちの美味いもの屋を紹介する雑文を書くしか暮らしを立てる術を持っていないしがないライターか、
自分のブログ、あるいはホームページで、俺はこんなに味が分かっているぞ、と自慢げにくだらない文章を書いて公開している趣味人か、
グルメ系のホームページに、我が味覚ですべての店を切ってやる、とばかりに投稿を繰り返す、身の程知らずのマニアか、
である。写真を撮り終え、目の前の丼、おすまし、小鉢料理を口に運ぶ彼の頭では、きっとこれから書く文章が練り上げられているのに違いない。
「確かな目利きで選ばれた鰺は……」
てなもんだろう。
(余談)
そうです。私も「くだらない文章」を書く、「身の程知らずのマニア」かも知れません。「グルメらかす」なんぞを延々と書いておりましたから……。
にしても、この男、やっぱり変である。
口に食べ物を入れて咀嚼する顔が、何とも醜いのである。
口を開けてクチャクチャ言わせながら食べるのではない。ちゃんと口はひき結んで咀嚼している。だが、もう少し優雅に上下の歯でかみ砕いてはもらえないものだろうか? 彼の口元を見ていると、口に入った食べ物がまるで生命を得たかのごとくあちこち動き回っている。と思えるほど、顔の下半分が歪む。品がない。だけでなく、ちっとも美味そうに見えない!
おいおい、あんた、箸の持ち方を躾てもらえなかったのか? どうして2本の箸を、親指と人差し指の間に挟んでしまうのかね。箸ってのは、1本は鉛筆を持つがごとく親指、人差し指、中指の3本の先端で持って動かし、もう1本は親指と人差し指の付け根と薬指で固定するもんだぞ。俺の女房も箸の持ち方はあんまりうまくないが、あんたよりましだ。あんたは3歳半の啓樹(長女の長男)よりひどいぜ。
そんなんで、これが美味い、あれが美味い、こいつはダメだった、なんて書いているのかね? 食べ物に失礼ではないか?
私は彼より先に店を出た。ために、店になんの断りもなく、突然デジカメを取り出して料理の写真を撮っていたこの男に、店の板さんがどんな対応をしたのかは見逃した。
店を出たら、なんだか私が食べたものも侮辱されたような気がしてきた。私はうまい昼食を食べたのだろうか? 口直しにコーヒーを飲みに行った。
おい、おかげで余分な金がかかったじゃないか。金返せ!