10.20
2009年10月20日 いよいよクラプトン
昨日はギター教室だった。前回のご報告でおわかりのように、この日は、私がクラプトンの世界に挑む第一歩である。私は、自宅に所蔵しているクラプトンのバンドスコア3冊を抱えて教室のドアを開けた。
「さて、大道さん、どの曲をやりましょうか?」
指導教官は、いつものように優しく声をかけてくれた。
「はい、どれでもいいのですが、できればクラプトンの中でも易しい曲から始めて、徐々に難しい曲に進み、いつの間にかテクニックが身に付いていた、というのが一番好ましいように思うのですが。バンドスコアも持ってきましたので、選んで頂ければ」
生徒である私は、おずおずと申し出た。
「うーん、どうしましょうね」
指導教官は、まだ決めかねているようである。
「では先生、前回おっしゃっていたように、Tears in Heavenから始めましょうか?」
再びおずおずと、私が提案した。
「でも、あれはアコースティックでしたよね」
「いや、エレキバージョンでやりましょう」
「えっ、エレキバージョンのTears in Heavenって、ありましたっけ?」
なかったっけ? そんなことも知らずにクラプトンファンを名乗り、1年後にクラプトンになると豪語しているヤツの面を見てみたいものである。
「では、Change the Worldでもいいですが」
「うーん、あれは奏法が途中で変わったりして複雑な曲なんですよね」
どうやら、私にはまだ早いということのようだ。なるほど、この教室、まだ3回目である。たった2回の授業でAll My Lovingの 卒業証書を出され、自宅で練習してもちっとも上手くならない(多少の謙遜を込めて)現実にとまどっているのが現状の私である。多くの曲が、まだ早すぎることには大いに頷けるところがある。
さまざまに検討した結果、最初に挑む曲は
Sunshine of your Love
と決まった。 ご存じの方には説明するまでもなかろう。ご存じでない方は、「シネマらかす #57:スクール・オブ・ロック―頭は使うな!」をお読み頂きたい。読んで頂いても耳の奥底でクラプトンの華麗なギタープレイがよみがえることはないかもしれないが、多少の手助けにはなるかもしれない。
ちなみに、啓樹も瑛汰も、この映画は大好きである。
「はい、そうしましょう」
といった私は、無謀にも、出だしのソロパートの演奏を始めた。クラプトンのバンドスコアを持っているほどの私である。自己流で挑んだことがあったからである。
が、演奏を始めたからといって、上手くつながるとは限らない。いや、はっきり言って、いまの私の場合は、上手くつながるなんてあり得ない。案の定、とちりとちりの演奏となった。こんな伴奏では、エリック・クラプトンも自慢の喉を披露するのは躊躇するに違いない。
それを見ていた指導教官がいった。
「えっ、そんなところから弾き始めるんですか?」
そんなところ、とは3弦の7フレットのことである。私が持っているバンドスコアでは、これが最初の音だ。次の音が5フレット、そこから4弦に移って7→6→5フレットの順で音を出し、5弦に移って5フレット、つぎに4弦の3フレットで音をビブラートさせ、5弦の5フレット、となる。
これが曲全体のイメージを決定的に決める出だしである。
それが何か?
「僕は、ここから始めるバンドスコアを持ってるんですけどね」
といいながら弾き始めた指導教官の出す音は、4弦の12フレットから始まった。
「いや、先生、僕のスコアでは……」
と楽譜を示すと、
「へーっ、最近のクラプトンはこんなところから弾き始めるんだ。まっ、弦が違うだけで同じ音ですけどね」
こうして練習は進んだ。学んだのは、左手の指の使い方である。どの指を使って弦を押さえるのか。次の音を出すのに、その指をずらすのか、違った指を使うのか。
「こうすると、次の音を出すときの指使いが楽なんです」
いわれたとおりにすると、確かに指使いが楽である。なるほど。ギター教室に通うのは、プロに料理のノウハウを習うのに似た快感がある。知らねば苦労するが、知ってしまえばなーんだ、と思う。プロの世界には研ぎ澄まされた合理性がある。
とは理解できるものの、目から鱗が落ちるほどの合理的な世界を見せてもらっても、その通りには動かない自分の指があるのも現実だ。
「あ、気にすることないですよ、慣れですから」
と指導教官に慰められるたびに、日暮れて道通し、との思いを新たにする。
というところで30分の授業を終えた。
「来週は、私が持ってる楽譜をコピーしてきますから」
という指導教官の声を背に、教室を出た。
出てきたら、楽器店の店員が声をかけてきた。
「ギター、水曜日に届きますから」
そういえば、教室に入る前に、Martinの見積もりを聞かされていた。太田市で約43万円だったD-41が40万円、Martinの定番といわれるD-28が24万2000円。
「えっ、買うかどうかもまだ決めてないのに」
思わずつぶやくと、
「輸入元に聞いたら、D-41は1台しか残ってないんだそうです。次の入荷はいつになるか分からないといってました。それを取り寄せ、D-28も2台送らせることにしたんで、とりあえず音を聞いてみてください」
ふーん、音を聞くのね。
「もし、だよ。もし買うことになったら、もう少し価格を頑張ってくれ、っていうよ」
「うーん、ギリギリなんですけどね。分かりました。もう少し頑張ります」
思わずいってしまった。
「あのね、少し、は頑張るっていわないの。それは配慮します、って世界なの。頑張るというのは、ドーンと頑張ることだからね」
さて、いかなる結論が待っていることやら。
昨日は、以外で嬉しい贈り物が届いた。カボスである。
送ってくれたのは、大分市の居酒屋、「こつこつ庵」の経営者、松本じつおさんだ。
「こつこつ庵」は、始めて大分市を訪れた10年前、昼食をとろうと思ってガイド誌を買い、
「ここにしてみよう」
と、だめ元精神で入った店だ。関鯖のすしがあるというのでそれを頼み、
「東京から来たんだけど、大分に、この店に来たらこれだけは食っておけ、というもの、ほかにある?」
と聞いて、だんご汁を追加注文した。
出てきた料理を口にして、私の五感は痺れた。美味い!
関鯖のすしにも、だんご汁にも、地元のカボスをたっぷり絞って食べる。鼻腔をくすぐる香りと、酸味の中に甘みが混じった味のカボスが、すしの味も、味噌仕立てのだんご汁の味も、数段引き上げている。
「美味いね、これ」
という私に、松本さんは
「こっちでは、何にでもカボスを絞るからね」
と言葉少なに語った。
関鯖のすしとだんご汁で、確か3000円ほどした。でも、この美味は何物にも代え難い。
次回から、大分に行く=「こつこつ庵」で昼飯を食う、になった。実際、昼食の時間にあわせて、飛行機のチケットをとった。
「こつこつ庵」と私の蜜月は、わずか1年しか続かなかった。「こつこつ庵」には5、6回行っただけで終わりになった。大分に行く仕事がなくなったのである。以来、松本さんとは、賀状の交換をするだけの付き合いだ。
それが、突然の「カボス」である。私が出した転居の挨拶状が松本さんの心に響いたらしい。驚いた。嬉しかった。私の挨拶状に、松本さんに何かを感じてくれたことが、何よりありがたかった。
夕食、鯛の塩焼きにいただいたカボスを絞った。
「えっ、こんなに果汁が出るの!」
デパートやスーパーで買い求めたカボスは、絞っても絞っても果樹が出ない。ところが、送っていただいたカボスは、水をたっぷり吸い込んだスポンジのように、豊かな果汁をはき出してくれた。
味はいうまでもない。
カボスは、段ボール2箱で届いた。老夫婦2人には多すぎる。妻が、すぐ近くのイタリア料理店の女将さんに、少しあげた。娘たちの家にも送った。それでも、まだたっぷりある。
昨夜、礼状を書いた。今日、「マリー・ポール」の洋菓子を送った。ほんの5,6回しか来なかった客の挨拶状に接して、大量の地元の味を送ってくれた松本さんへの、せめてもの感謝の意である。
松本さん、ありがとう!
感謝の意を込めて、「こつこつ庵」の住所と電話番号を明示する。大分に出向かれる機会があったら、ぜひ訪ねてほしい。
大分市府内町3-18-19
電話:097-537-8888
大分県庁、大分市役所のそばに店がある。よろしくお願いしたい。