06.16
2010年6月16日 災難
慣れぬことはせぬがよろしい。
と思い知らされたのは昨日の朝である。
突然、何故か掃除をしようと思い立った。
ひとり暮らしが始まって1週間を過ぎた。この間、ほぼ毎日食事を作った。洗濯もした。生ゴミ、燃えるゴミも出した。もちろん、仕事もしている。飲み会にも出た。
1つだけしていなかったのが掃除である。と思って家の中をながめると、なんだかホコリがうっすらとつもっているように思える。いや、思えるだけではない。台所の床には、確かにゴミが落ちている。調理中、まな板から飛び出した野菜の切れ端などが散らばり、中には床にこびりついているものある。
「掃除機をかけよう」
というわけで、掃除機を引っ張り出した。
まずは居間である。椅子をどかし、テーブルを移動させ、掃除機をかけた。排気がたばこ臭いのは、床に灰皿を落とした際、飛び散った吸い殻、灰をこの掃除機で吸い取った名残である。快適な臭いとはいえないが、自分でやったことに文句は言えない。
居間を終え、ダイニングのゴミを吸い取り、いよいよ台所に取りかかった。私は掃除機のホースを持ち、ズルズルと掃除機を引っ張った。
ゴツン。
何かが倒れる音がした。振り向くと、日本酒の瓶が床に転がっていた。魚の煮付けを作ろうと、先日買ったものである。魚の煮付けは日本酒を使う、とは、我が「グルメらかす」をお読みいただいたかたには、既知の真実であることを疑わない。
その日本酒の瓶が転がっている。
「そうか、邪魔な場所にあったな」
転がった瓶を持ち上げ、台所の隅に移した。
間もなく掃除は終わり、私は朝食に使った食器、鍋類の洗いに取りかかった。
ふと、目を床に落とす。
ん?
水たまりができている。
「出しっぱなしの水道の水がはねて床に落ちたか? いや、おかしい。こんなに大量の水がはね落ちるか?」
私は、優れた頭脳を持って生まれたことを父母に感謝しなければならない。なにしろ、疑問を感じると即座にあり得べき解答が脳裏に浮かんだのである。
「これは水ではない。日本酒ではないか? 先ほど、日本酒の瓶がこけた勢いで割れたのではないか?」
目で水たまりを追い、日本酒の瓶を見た。瓶の下も水浸しだ。
「ピンポーン! 正解です!!」
などと優雅なことをいっている場合ではない。
「まだ袋からも出していない、封も切っていない、まっさらの日本酒であるぞ! なんともったいない!!」
と嘆いている場合でもない。日本酒の洪水をとめなければならない。
袋ごと持ち上げて流しに移した。見ると、丁度中程で瓶が2つに割れ、底の方に5分の1ほど残っている。
「もったいない。これ、ほかの瓶に移すか?」
考えた瞬間、己を否定した。
「いや、残った日本酒には割れたガラスのかけらが混ざっている恐れがある。わずが360ccほどの酒をすくって、口の中、食堂、胃がズタズタになって出血したのではたまらない。医者代の方が遙かに高い。捨てよう」
君子は豹変するのである。
豹変した君子は、床に広がった日本酒の処理に取りかかった。キッチンペーパーを大量に投入した。だが、1500cc前後もある日本酒をキッチンペーパーだけでは処理できない。
あわててバスタオルを持ってきた。バスタオルに日本酒を吸わせながら、床の日本酒を1カ所に集める。たっぷり日本酒を吸ったバスタオルを流しで絞る。再び床の日本酒を吸わせる……。
ああ、もったいない。こんなことなら、昨日飲んでおけばよかった、と後悔しながらの作業が何度続いただろう。
割れた瓶はベランダに出した。日本酒のいい香りが漂ってきた。朝からいっぱいやりたくなった。が、それは今日のテーマではない。
さて、残るは、やはり日本酒のいい香りを放っているバスタオルの処置である。
「しょうがない。洗濯するか」
下着やシャツの洗濯も多少たまっていた。その上に、酒浸しのバスタオルを投げ込んだ。
数十分後、洗濯が完了した。
洗濯槽から取り出した衣類から、こころなしか、日本酒の香りがした。でも、誰も文句は言わない。ひとり暮らしは気ままである。