04.29
2011年4月29日 秘密基地
明日から横浜に戻る。5月3日に桐生に帰ってくる。
「待ってる女がいてね」
と書きたいのは山々だが、少なくとも現時点では、そのような女性が存在するとの確報は得ていない。璃子も女ではあるが、まだ、私を心待ちにするほどには成長していない。待っているのは瑛汰である。
「ボス、本棚作って」
というリクエストが来たことは、3月8日に書いた。ところが、あの地震と津波、原子力発電所の事故で動けなくなり、ほかの仕事にも追いかけられて、とうとう横浜に行くことができなかった。やっと、約束を果たす。
本棚を作る職人がなかなかやってこないことに、瑛汰は焦れたようである。
「ボス、紙を沢山持ってきてね」
という次にリクエストが入ったのは、1週間ほど前だ。
「紙? 瑛汰、何をするんだ?」
と当然の質問をした。絵でも描こうというのか? ところが、思いもよらない答えが戻ってきた。
「あのね、百科事典を作るの」
百科事典? 瑛汰、どこでそんな言葉を覚えた? しかも、作る? 百科事典を?
「瑛汰、凄いね。瑛汰が百科事典を作るの?」
これも、当然の疑問だと思う。答えは予想外だった。
「違うの。ボスと瑛汰が作るの」
瑛汰と私が、百科事典を作る……。
「ボス、いいですか? 瑛汰とボスで作るんですからね!」
瑛汰の目には、ボスは万能の巨人に見えるらしい。瑛汰、それは光栄なことだが、ボスは知らないことがたくさんあるんだけどね。
と思いながら、が、やらざるを得まい。どんな物ができる事やら。
「瑛汰、明日いくからね。待ってろよ。本棚と百科事典を作るんだよね」
夕方電話をした。
「そうだよ。ね、ボス、トンカチ持ってくる?」
「うん、ちゃんと用意してある」
「のこぎりは?」
「心配しなくていい。それも持っていく」
「じゃあ、はしごは?」
はしご? はしごを何に使う? 外壁にペンキを塗る訳じゃないぞ。
「瑛汰、本箱を作るのにはしごはいらないと思うけどなあ」
「違うの。瑛汰、ボスと秘密基地を作るの。だから、はしごがいるの」
秘密基地……。いったい何が欲しいのやら。
横浜ではこき使われそうである。
3日には、四日市から長女、啓樹、嵩悟が来る。今年1年生になった啓樹は、2日が遠足だそうで、それを終えての旅である。当日、東京駅まで迎えに行き、その足で桐生に向かう。
「あのしゃ、僕しゃ、桐生に行くの、楽しみなんだよ」
昼間、啓樹から電話が来た。
「そうか、ボスも楽しみに待ってるよ。東京駅まで迎えに行くからね。元気に来るんだぞ」
「はーい」
啓樹のリクエストは、LEGOである。「スターウォーズ T-6ジェダイシャトル 7931」。今月の20日すぎにでたばかりの新製品だ。
「啓樹、これ、出たばかりじゃないか。よく知ってるね」
「だってしゃ、啓樹、パンフレットがあるもん」
なるほど、情報収集に努めている訳か。
「注文したからね。3日の夜に届くよ」
「えっ、そうなんだ」
「うん、だって、ボスは明日から横浜に行くだろう。だから、いないときに届いてもいけないので、3日に届くようにしたんだ」
「ねえ、届いたら、啓樹の横に置いといて」
「啓樹、啓樹が寝る前に届くよ」
「そうなんだ。でも、お風呂に入っていたら困るね」
「多分、晩ご飯を食べているときに届くと思うよ」
「えっ、だったら、お風呂に入ってご飯を食べて、それで時間があったら、少し作って寝るから」
「ああ、いいぞ。ボスは手伝わなくていいのか」
「大丈夫だよ。一人で作れるよ」
「だって、8歳からって書いてあったよ」
「啓樹は、もっと難しいのも一人で作ったからできるって」
「ふーん、じゃあ、ボスは見てればいいんだ」
という啓樹ご一行は7日頃まで滞在する予定である。そして、四日市に戻る日は、東京駅まで送らねばならない。
今日から連休である。なのに、明日からワークデイより忙しい日々が始まる。