02.04
2012年2月4日 リハーサル
ギター教室の先生の命令で、発表会のリハーサルに参加してきた。場所は、市内の公民館である。
なんでも、先生の生徒の1人がギターに没頭し、スタジオ用の機器を揃えてしまった。どういう訳か、それを地域の公民館に置いている。が、時にはこの機器を使いたくなるらしく、時折同好の士を集めて発表会を開くのだそうだ。
Martin D-41の代替機として買ったエレアコが、我が家にあるアンプにつないでもいい音が出ない。何かキンキンする音ばかり出て、色気がない。
「どうしたもんでしょうか?」
とたずねたところ、
「とりあえず、このリハーサルに使われている機器につないで音を出してみては? 結構いい機械なので、まずその音を聞いて考えましょう」
と勧められたのである。あわせて、
「大道さん、ギターが上手くなるには、人の前で演奏しなきゃいけません」
とおっしゃった。
まあ、確かに、腕を磨こうという武芸者は修行の旅に出た。行く先々で、腕自慢の武芸者に挑み、技量を高める。やがて天下の剣を唱えるようになる。NHKで先頃やっていた塚原ト伝も、そのような旅で京の都に上ったのであった。
が、である。彼らは、故郷ではこれ以上強い相手に巡り会えないと思うまでに強くなったから出かけたのである。故郷でも、まだまだ学ぶべきことはたくさんある、と自覚している間は、ひたすら地元の同情に通って汗を流した。
今の、俺が、武者修行?
「えーっ、私って、人前で恥をかくのは嫌いなんですよね。自宅でも、この教室でも、間違えずに弾けたことはないのに、いきなり舞台ですか。それは、ちょっと考えさてもらわないと……」
と返事を渋り続けた。が、先生は許さない。
「大丈夫ですよ。出る人たちだって素人。たいして上手くない。サックスを弾く人はよく間違える。あとはフォークソング程度だし。大丈夫だから行ってきなさいよ。人前で間違えて恥をかいたら、恥をかかないためにどうしたらいいか、って考えるようになります。練習にも一段と身が入るんだから」
ま、先生にとっては、私が恥をかこうとどうしようと、所詮他人事である。
「私、その日は、ほかでギターを教えなきゃいけないんで行けませんけどね」
無責任極まる教師というほかない。
が、まあ、そこまでいわれたら、断り続ける方が難しい。それに、ちゃんとした機器につないで、このギターからどんな音が出るかにも関心がないわけではない。
「じゃあ、その、とりあえず、リハーサルに行って、自分のギターの音を聞いてくるということで」
かくして本日、早めに昼食を済ませ、車にギターを2台乗せて公民館に出向いた。
恐る恐る練習室の扉を開けると、多分40歳前後であろう、左ききの男性が、フラメンコギターを抱えてボサノバのリズムを奏でていた。正確にコードを押さえ、澄み切った音を出す。リズムも、聞いていて心地よくなるぐらい正確だ。
「何だよ、上手いジャン。こんな連中の中でギターを弾く? やっぱり恥をかくしかないんジャン!」
絶望的な気分になった。何が大丈夫だ、あの教師め!
絶望が頂点に達し始めたころ、ギターを弾いて歌っていた彼が、舞台を降りてそばに来た。
「いやあ、お上手ですね」
初対面の相手である。下手に出るに限る。それに、確かにギターは上手かった。歌はそれほどでもなかったが……。
「はあ、とりあえず、あちこちで歌っていますので」
「えっ、ということは?」
「ええ、一応プロなんです。東京でも、よく歌わせてもらってます」
プロ……。つい先ほどまでギターを弾いて歌っていた人がプロというからには、パチプロではあり得ない。プロ野球の選手でもないだろう。音楽のプロに違いない。そうか、そうか。プロのミュージシャンか。だったら、俺が引け目を感じることもないわけだ。
勧められて、次に私が舞台に上った。エレアコをアンプにつなぐ。目の前にマイクがある。
「何か、適当に弾いてみてください。音を決めますから」
Tears in Heaven
を弾いた。唄った。
「うーん、こんなところかな。じゃあ、やってください」
いよいよ、リハーサル本番である。
San Francisco Bay Blues(途中まで)
Tears in Heaven(同)
Layla(全曲)
Norwegian Wood (同)
を弾き語って舞台を降りた。途中まででやめた曲は、途中で歌詞が出てこなくなったのである。加齢による健忘症かも知れないが、まあ、いい。今日は、ギターからどんな音が出るかを確かめに来たのである。長々と舞台を占拠する必要は毛頭ない。
で、
「こんな音しか出ないのかなあ」
と思いながら引き下がった。やっぱり、アコースティックギターの音は、アンプを通さない方が綺麗である。
私の用件は済んだ。が、これからほかのメンバーが演奏しようというときに、新参者の私が
「じゃあ、失礼します」
というわけには行かない。ほかの人が演奏している前で、文庫本を広げて読みふけるのも失礼である。
と思い、全員のリハーサルが終わるまでつきあった。
小椋佳、フォーク・クルセダーズ、石川さゆり、何だか知らない歌……。サックスでは坂本九もやっていた。何か、私と好みが違う。
ギターも、私の演奏に比べれば器用で、美しく伴奏を奏でるのだが、
「俺、そんな曲、そんな伴奏、やりたくないんだよね」
というものばかりである。
やがて、全員のリハーサルが終わった。やっと開放される。
「それでは、どうも」
と引き上げようとしたら、
「本番の日は来てくれますよね」
と声をかけられた。えっ、そこまでの覚悟はできていないんだけど……。
「いや、まだその日のスケジュールは立ててなくて」
と婉曲に断ろうとしたら、
「だったら、是非来てくださいよ。楽しみにしてますから」
逃げ場がなくなった。
本番は、確か18日。えっ、俺、和製フォークソングと、演歌と、ボサノバが奏でられる中で、1人、Eric ClaptonとJohn Lennonをやるの? 浮きっぱなしだよなあ。
「1人の持ち時間は20分程度ということで」
20分。4曲では足りない。何をやる? 岡林信康?
ますます、浮いてしまいそうである。
どうしよう……。
新たな悩みが生まれたのである。