2012
02.25

2012年2月25日 しあわせ

らかす日誌

「これはいかん!」

と思ったのは、昨夜、布団に入って読書を始めたときだった。歯が痛む。右上の奥歯が疼痛を発する。

痛みに気がついて歯科に行ったことはすでに書いた。その時の指示に従い、入念な歯磨きを続けた。その甲斐あってか、痛みは治まりつつある、と思っていた。先週末、17日に歯科を再訪したときも、

「しばらく様子を見ましょう」

ということですんだ。
が、実はすんでいなかったらしい。

木曜日頃から再び違和感を感じ始めた。水や湯がしみる。

「これはダメかな。週明けに歯科に行くか」

と覚悟を固めつつあったのに、痛みの方は週明けを待ってはくれなかった。昨夜11時頃、全力を持って

「俺を無視するな!」

と騒ぎ始めたのである。

「あらま、これだけ痛んだら眠れないジャン」

当初は眠れないことも覚悟した。それほど痛みが酷かった。思いついて、飲み残しのロキソニンを1錠飲んでみた。30分ほどしたら何となく痛みが治まり、眠りにつくことができた。
今朝も、それほどは傷まなかった。まだロキソニンが効いていたのかも知れない。が、時に応じてあれほどの痛みを発するとすれば、もう放って置くわけにはいかない。
今朝、歯科を訪れた。

「どうしました?」

「いや、昨日の夜激しく痛んで」

 「ああ、やっぱりダメなんだね。かぶせものを外しましょ。外して治療しましょ」

患部は右上の一番奥の歯である。その一つ手前の歯はすでになく、もうひとつ手前の歯と一番奥の歯にブリッジが架かっている。

「手前の歯のかぶり物は残します。後ろの歯に被さっている奴は取り外して、中の歯を治療します」

すぐに歯茎に麻酔注射が打たれ、しばらく時をおいて口の中にドリルが入った。

「ああ、かぶせものは外れました。ああ、やっぱり、これか。いかんな。うん、神経を取りましょ」

否も応もあったものではない。直ちに口中にドリルが入り、神経に届く穴を掘り始めた。

「よし、と」

なにやらねじ山のようなものが刻まれた細い金属を、穿ったばかりの穴に差し込んでクルクル回す。そして、引き抜く。数回繰り返すと、今度は穴をふさぎ始めた。
麻酔薬のせいだろう。まったく痛みは感じない。

「はい終わりました。あのさあ、この歯、歯垢がついてるんだ。取っちゃってくれる?」

医師が看護婦に指示をする。

「はい」

とやってきた看護婦さんが、私にしあわせをくれた。

 

歯垢(ひょっとしたら歯石?)を取るには、超音波の器具を使う。こいつを歯の根元にあててやればボロボロ取れるらしいのだが、私の患部は一番奥の歯である。取りにくい部分なのだろう、ついつい力が入るらしい。

ふと気がつくと、彼女の上半身が私の頭部に押しつけられている。ふむ、若い女性の体が私に押しつけられるなんてのはしばらくぶりのことである。心地よい。
その心地よさに浸りながら、ふと、左の額に神経が集中した。ここにも彼女の体が押しつけられているのだが、私の肌は、押しつけられている彼女に体に微妙なカーブを感じ取ってしまった。

「あれ? これって、ひょっとしたら……」

しあわせに浸った。だが、この状況でしあわせを口に出してはならない。彼女の作業の妨げになる。ここはじっとしあわせを感じ取るべきである。しあわせな皮膚感覚に浸るときである。

作業が終わった。彼女にいった。

「いやあ、左の額がしあわせいっぱいだったよ。ありがとう」

精一杯の感謝を表したつもりだった。が、

「えっ?」

という返事が返ってきた。ん? 感謝の意が充分に伝わっていない?

「いや、その、これは高齢者福祉のあり方として理想的ではないかと思うんだが……」

ますます、理解不可能という顔が目の前にあった。
どうしよう? でも、あなたの乳房が私の額にずっと触れていて楽しかった、なんていえないもんなあ。

ま、私はしあわせだったのだ。それでいいか。

 

というわけで治療は終わった。もう、水も湯もしみない。ブリッジがなくなった分、右で噛むのは不自由だが、2週間もすれば新しいブリッジを入れてくれるだろう。それまでの我慢である。

 

アカデミー賞受賞作の整理が、とりあえず終わった。我が家には、400本を超える受賞作があることが分かった。受賞作が全部で何作品あるのか数えてはいないが、我が家には8割以上がある感じだ。一財産である。

今日からベルリン国際映画祭の受賞作の整理に取りかかった。
これが終わればベネチア国際映画祭、カンヌ国際映画祭、と進むのは理の当然である。

こんなことばかりしているから、映画を見る時間がない。
そして、昨日、今日はギターに触る暇もなかった。

なんか、目的と手段を取り違えているような気がしないでもないが、まあ、乗りかかった船である。私の性格からして、行くところまでいかねば終わらないのだろうなあ。