03.11
2013年3月11日 震災から2年
ということで、メディアは震災一色である。もう少し、何とかならんかね、と嘆息したくなるのは私だけか。
「3.11だもん。仕方ないでしょ」
という方もいらっしゃるかもしれぬ。
だが、何故その日に、震災を特集せねばならないのか? いったい何を伝えようというのか?
NHKの午後7時のニュースに黒のスーツを身につけて登場した武田君。どれほど真面目な顔をして震災2年を語っても、伝える内容が、頑張る被災者、進まぬ復興、支援のコンサートを開く神戸など、薄っぺらいお涙ちょうだいの物語では、
「ほら、私たち、これほど被災者の皆さんを思い、復興を願ってるんですよ」
というアリバイ作りと受け取られても仕方がないのでは?
きっと現場には、もっとドロドロした話があるはずであり、復興が進まないには進まない理由があるのであり、離れた地で
「あなたたちは一人じゃないって知って欲しい」
とコンサートを開いたところで、被災者の暮らしはなにも変わらないのだ、ということを認識することからしかすべては始まらないのではないか?
そういえば、最近、ふと知りたくなったことがある。
世界で唯一、いや唯二被曝した広島、長崎はいま、見事に復興している。知識のない私から見ると、福島原発事故以上の放射性物質が降り積もったに違いない2つの都市に、人々は恐らく放射能への知識がなかったために被爆直後から再び集まり、急速に大都市となった。
一方、福島原発から出た放射性物質で放射線濃度がいまだに高い町は、
「いつになったら故郷に帰れる?」
といわれる。
広島、長崎には、何故すぐに人々が戻り、都市として復興したのか。いち早く故郷に戻った人々は被曝したのかしなかったのか。被曝があったのなら、その後遺症はあるのかないのか。
広島で1949年に生まれたという知人がいる。被爆からわずか4年の地で新しい生命が誕生したのが60年近く前のことである。かれは被曝者とはいわれない。かれは被爆していないのか?
そんな疑問に答えてくれる記事も書籍も、残念ながらまだ目にしたことはない。
福島の
「帰りたい、帰れない」
現実に向けて、誰か広島、長崎を調べて書いてくれないか?
今日は朝から確定申告にいってきた。
といっても、高額所得者だからではなく、収入が方々から入ると、確定申告をすることになっているからだ。私の場合、会社からの給料、公的年金、会社の企業年金と多方面からの収入があるため、定年退職後は毎年確定申告なのだ。
「今年こそ、税金を取り戻してやる」
毎年そう思う。なのに、毎年追加徴収されてきた。国家権力、恐るべしである。
が、今年は取り戻す確信があった。何しろ、昨年の医療費が半端じゃなかった。62万3000円。妻殿が5本の歯の治療をし、
「安い方だと25万円、いい方だと35万円っていわれたんだけど、どうしたらいい?」
と聞かれた春先、
「いい方にしろよ」
と答えたからである。
上の問いをもう一度読み返していただきたい。そう聞かれたら、上のように答えるしかないではないか?
まあ、いい。
この実績があったため、自信満々で税務署に乗り込んだ私であった。
確定申告はいまや、パソコン入力である。私についた女性が、私に代わってパソコンにデータを入力してくれる。
ところが、この娘、いや、左手の薬指に指輪があったから、恐らく人妻は、驚くほどとろかった。とろさの原因は、民謡おてもやんの踊り子のような濃すぎる頬紅をつけていたからではないはずだ。
まず、株の配当金の入力で躓いた。
いや、私は株投資などしない。自分の勤め先の株を、会社の担当者に頼み込まれて20万円分買い、持ち続けているだけである。これにも配当があり、それを収入として申告しなければならない。
税務署が補助員としてつけた女性である。慣れているのだと思って任せていた。
が、ふとディスプレイに目をやると、株の配当金、源泉徴収の後に、確か「取得費用」という欄があったのだが、彼女、何を思ったか、ここに数字を打ち込んでいたのである。
「ん? 取得費用? 株式配当を受け取るのに、費用がかかるか?」
かからない。株を持っていれば自動的に配当は発生する。
「君、ここ、違ってると思うけど」
税務署の職員を呼び、確認する。やはり入力する必要はなかった。
「君、アルバイトだろ? 私の世話をする仕事だろ? なのに、私から教えてもらってどうする?」
私が嫌みをかませたのは、赤すぎる頬紅が気に障ったためかもしれない。
さらに数カ所、私が間違いを指摘しながら、それでも無事に入力を終えた。で、
「いくら戻ってくる?」
期待に胸を膨らませて聞いた。
「えーっと、5976円ですね」
……。
あんなに医療費を払って、6000円しか戻ってこない。
……。
嘆くべきか。
去年は20万円以上追加徴収されたから、差し引きすれば大きい、と自分を慰めるべきか。
終えて、松井ニット。
「あのさあ、桐生では同業者の集まりがあって、転勤者には『桐生を忘れるな』ってんで、松井ニットのマフラーをプレゼントしてるんだよね。うちの会社も、群馬を離れるヤツには、『群馬を忘れるな』ってプレゼントをしたらどう?」
と、職場の幹事君に提案したのは2週間ほど前のことである。数日して、彼から電話があった。
「プレゼント、やりたいです。で、申し訳ありませんが、マフラー、買ってきてもらえます?」
「えっ、いや、俺はマフラーはどうかと提案したんじゃなく、思い出になる群馬のいいものを贈ったらどうかといったんだけど」
「はい、マフラーがいいと思いますので」
3本仕入れた。男物1本、女物2本だ。
送別会は明日午後7時半から前橋で。マフラーは私から渡す。1本ずつ、転勤者、退職者の首に巻いてやるつもりである。
男の転勤者には、首に巻くだけであるのはいうまでもない。迷っているのは、女性2人の首にマフラーを巻いた後、そのマフラーの端を持って私のほうに引き寄せる芸を出すかどうかである。
……。
迷っている原因は、あの2人を相手に、そんな気が起きるかどうかなのだが。