2016
06.19

2016年6月19日 DACづくり-2

らかす日誌

さて、0.6mm幅の足が、0.6mm間隔で並んでいる図を想像していただきたい。いや、お手元にメジャーがあったら、0.6mmとはどのような細さなのか、じっくりと目で確かめていただきたい。 

私がこれからハンダ付けしようというのは、そんなムカデのようなちっぽけな物体なのだ。もちろん、基板の方には同じ幅、間隔で銅箔がプリントされている。そのすべての足と銅箔をきっちりと合わせ、ハンダ付けする。

「だけど、これ、どうやったら出来るんです?」

我が師であるMさんに問いかけた私の声は、ひょっとしたら涙混じりであったかも知れない。

「まずね、フラックスを刷毛で塗ります。そうそう、基板の方に」

フラックスとは、これからハンダ付けしようという金属の表面をきれいにし、ハンダの表面張力を低下させる魔法の液体である。これを塗布してからハンダ付けをすると、熱せられた金属面に、溶けたハンダがスッと流れる、のだそうだ。だから、金属面からはみ出すこともない、つまり、どれほど細い部分をハンダ付けしても、フラックスを先に塗布しておけば溶けたハンダは金属面だけを流れ、流れてはいけないところ、電気的にくっついていてはいけないところには流れない、はずのものであるそうだ。

「はあ、そうなんですか。でも、この細い基板の銅箔だけにどうやったら塗れます?」

これ、初心者なら誰もが最初にぶつかる疑問のはずである。

「いや、そんなことは出来ませんから、全体にサッと塗ってください」

はい、わかりました。
Mさんのフラックスを、刷毛でサッと塗る。その上に例のムカデみたいな部品を置く。こいつの足と基板の銅箔をきっちり合わせねばならない。少しでもずれると、ムカデの足が本来つながらねばならない銅箔にくっつかず、ほかの銅箔のくっついて大変なことになる。大変なこととは、1万1100円が無駄になり、いま目前にしているものが単なるゴミ屑に変身するということである。

置いて、慎重に動かす。おっ、一番手前の足がピッタリあったぞ。ん? だけど反対側の足はずれてる! そうか、ムカデが斜めになってるんだ。もういちど……。

基板はプラスチック(多分)の板に銅箔を貼ってつくってある。だから、銅箔部分はわずかに盛り上がっている。ここにムカデの足をすべて乗せるのだ。低くなっているところに足を置くのなら簡単だが、高いところに乗せるとなると……。それに、先ほどぬったフラックスのためか、ヌルリと滑る! 足は、居心地の良い低地に着地したがっており、銅箔から滑り落ちるのである。私の意志にはなかなか従わない。

「大道さん、焦ってはいけません。ほら、先にはもっと難物のDACチップが待っているのです。ここで挫折するゆとりはないのです」

といわれたって……。

おお、ピッタリ乗った!

「乗りましたか。では、ハンダ付けを始めてください。ロジックICが熱を持って熱いかも知れませんが、ハンダ付けが終わるまでは押さえた手を離さないように」

はあ、火傷でもしたらどうしてくれる?

私はこの日を期して、先っぽが細い精密工作用ハンダごてをAmazonで買っておいた。これほど細い部分のハンダ付けである。これがなければ出来るはずがない。
ハンダごてをハンダにくっつけ、先っぽにハンダを乗せる。これを一番手前の足に押しつけるとハンダが流れて見事にハンダ付けされるはず……。

「ありゃ、ハンダが流れないんですが」

Mさんがみてくれた。

「ホントだ、流れませんねえ。じゃあ、私のハンダごてを使ってみてください」

差し出されたのは、先っぽが平たくなった、そう、マイナスドライバーの先っぽみたいになったハンダごてだった。だけど、この太さじゃ、この細い足1本だけにあてるのは無理でっせ!

「いや、これで足の2,3本を一緒に、サッと撫でるんです。そう、チップの根本の方からスーッと引く」

だって、そんなことしたらブリッジになりますがな。
ブリッジとは、溶けたハンダが隣り合った足、銅箔を橋のように繋いでしまう現象である。本来、電気的につながってはいけないところをハンダが繋いでしまう。こんなことを許していては電気製品は作ることが出来ない。

「大丈夫です。後で何とでもなります。だからブリッジは気にせずに、まずいくつかの足をハンダ付けしてしまってチップが動かないようにし、残りの足をハンダ付けします」

ブリッジは気にしない。まずハンダ付けし、不要なハンダは後でハンダ吸い取り線で吸い取ってしまうのだそうだ。
ハンダ吸い取り線とは細い導線で編まれたテープで、これをハンダの不要なところにあて、上からハンダごてを押しつけると、溶けたハンダが毛細管現象で吸い取り線の中に吸い取られていく。
なるほど、これも買ってあったが、そういう風に使うのか。

最初のムカデを取り付けるのに、さて、10分で済んだだろうか? 何度も虫眼鏡で拡大して検査、

「よし、ブリッジは残っていない。ハンダもちゃんと着いているようだ」

このムカデ君、実は5匹もいた。

「1つが出来れば、後は簡単」

とは行かないのが、この精密工作である。1個ごとに苦労を重ね、やっと5個を付け終わった。

「終わりました。次はどれを?」

と出来た喜びに意気揚々と報告する私、Mさんの次の指示が下った。

「では、チップ抵抗にいきますか」

チップ抵抗とは、前回ご紹介した幅3mm、長さ5mm程度の、ホント、テントウムシよりも小さな部品だ。よく見ると両側が金属になっている。これの金属部分を基板の指示されたところにハンダ付けする。
とにかく、この小ささである。指先なんかではとてもつかめない。こいつをグリップするのは専らピンセットの役割だ。ふーっ、電子工作でピンセットのお世話になろうとは。

「これをね、ちゃんと指定の場所に乗せます。そして、ほら、私が竹で作っておいた治具ですが、これを左手に持ってチップを抑え、右手でハンダ付けします」

なるほど。治具まで必要なんだ。はい、やります!

いや、この小ささになると、ピンセットで掴むのも一苦労だ。何とか掴んで基板に乗せる。何とか銅箔に合わせ、先が細くなった竹の治具で抑え、右手でハンダごてを……。

ピンッ!

えっ、飛んだぜ、チップ抵抗! 飛んで見えなくなったぜ!! あのサイズでは、飛んじゃったら絶対に見つからないぜ!!!

「飛びましたか。力を入れすぎたのと違いますか? ま、部品には何個かゆとりがあるようですから大丈夫ですよ」

はあ、そうですか。では、次を。おお、何とか出来た。俺って天才か?
じゃあ、次を。

ピンッ!

飛んだ。
もうひとつ出して。

ピンッ!

おい、お前らは自由を求めて大空に遊ぶ鳥の仲間か?!

「えっ、3個も飛びましたか。私のが残ってるから使ってください。でも、あまり飛んじゃうと、部品が足りなくなるかなあ」

部品が足りなくなれば、この基板をつくることは出来ない。いったいどうしたら……。

お! そういえば、予習のために読んだ電子工作の本に、小さな部品はセロテープで基板に貼り付けてからハンダ付けするって、確かあったな。

「Mさん、セロテープありますか?」

その後私は、1個も飛ばすことなく、無事作業を終えた。次の作業、チップコンデンサも同じ工夫で乗り切ったのはいうまでもない。
頭は使いようである。

途中、昼食のため1度家に戻った。作業を再会したのは午後2時過ぎである。

「大道さん、じゃあ、最大の難所に行きますか。DACチップを取り付けましょう」

DACチップとは、例の、足のない部品である。そして、DACという装置の基幹分だ。このちっぽけなチップがデジタル信号をアナログ信号に変換する。基板上にあるほかの部品は、こいつの仕事を支える脇役に過ぎない。
基板には銅箔のパターンがあるが、そこにハンダ付けすべき部分は上からは見えないチップの裏側にある。
こんなもの、いったいどうやったらハンダ付けできるんだ?

「ええ、私も考えました。結局、パターンに指示された場所にこのチップを置いて、基板の銅箔とチップをハンダごてで熱して、ハンダにチップの下に流れ込んでもらわねばならないのです。どう考えても、それ以外の方策はありません」

……。

「だから、まず基板にフラックスを塗ります。ハンダが流れるように、です。そして、基板にプリントしてあるパターンにきっちり合わせてチップを置きます。ほら、四角なチップの四隅がここに来る、というプリントがあるでしょ。ここにチップの四隅を合わせるのです」

でも、それで本当に基板の銅箔とチップのハンダ付けする箇所がピッタリ合っているとわかるんです?

「わかりませんよ。はい、わかりません。でも、このチップに合わせて基板を設計してあるんですよね。であれば、この基板のプリントにきっちり合わせたら、裏側もきっちり合っていると信じて作業するしかないではないですか」

ふーっ。DACチップって、みんなこうなんですかね。みんな、こんなものをよく自作しようなんて思うなあ。

「私も始めてDACをつくるのでわかりませんが、どのチップもそんなものじゃないですか?」

でも、これじゃあ、本当にハンダ付けできているかどうか確かめようがありませんよねえ。

「そうです。信じるしかないのです。きっとうまくいっている、って」

ああ、電子工作が、とうとう宗教がかって来やがった! 仕方ない。私も緊急信者になるしかないか。

まるで蜘蛛巣のような細い銅箔が四方に伸びているところに、まずフラックスを塗る。そして、多分、1辺が1cmに満たないDACチップを指でつまみ、置く。4つの角を慎重に合わせ、ハンダごてにハンダを乗せて一気に……。
ブリッジが出来ようが、そんなことは気にしない。とにかく、このチップの下までハンダを流し込まねばならないのだ。基板とチップに、やや長めにハンダごてを押し当てる。これで……、裏側まで流れている、はずだぁ!

四方をハンダ付けし、終わってハンダ吸い取り線をその上に乗せ、不要なハンダを吸い取る。

「どうでしょう、これでいいんですかね?」

「どれどれ」

Mさんがルーペで拡大して検査する。

「うん、いいんじゃないですかねえ」

「裏側まで流れてますかね?」

「大丈夫だと思いますが」

「ブリッジは残っていませんよね」

「ええ、ないと思います」

「これで動きますかね?」

「動くと信じるしかないですよね」

こうして私は、最大の難所を乗り切った。いや、乗り切ったと信じている。いやいや、信じなければ救われないと信じたいとおもっている、といった方が適切か。

あとは金属被膜抵抗など、普通の大きさ(だけど、クリスキットに比べれば半分ぐらい)の部品のハンダ付けだった。これならまかせておけ! みるみる作業がはかどったのはいうまでもない。

と、

「あれ、大道さん」

とMさんがいった。

「DACチップ、ジャンプさせなきゃいけないみたいですよ」

ジャンプさせるとは、基板ではつながっていないところを電気的に繋ぐことである。であれば、基板を設計する時に繋いでおけばいい、設計料で高い金を取ってるんだろ! といいたくなるが、まあ、それを承知で買ったことになっているから、意気が上がらない。現実は、このキットを買わなければつくることが出来ないのだから、

「こんな不良品、買えるか!」

といえない弱みがこちらにある。思い起こせば、桝谷さんが売っていたクリスキットのパーツセットでは、ジャンプなどまったく必要がなかった。

「どこですか?」

「ここ、DACの3番目と4番目をハンダでジャンプさせるってありますよ」

0.5mmの銅箔をハンダでジャンプさせる。Mさんは必死に取り組んでいる。

「いやあ、出来ないなあ、これ。説明書を見ると、ジャンプさせなくてもいいけど、ジャンプさせろってメーカーがいってるとあるから、まあいいか。やめようか。でも、ジャンプさせた方がいいんだろうなあ。何とかならないかなあ」

その頃私は、最後の部品の取り付けに追われていた。

「大道さん、このハンダごて、借りていいですか?」

私がわざわざ調達し、でも、この日は一向に役に立たなかった先細のハンダごてである。

「ええ、どうぞ、どうぞ」

それから10分? 20分?

「おお、何とか出来たわ。これ、この先が細いハンダごてがなかったら出来なかったですねえ」

Mさんが嬉しそうな声を出した。必要な部品の取り付けが終わった私は、じゃあ私も、とジャンプ工作に手を出した。

拡大鏡で覗きながら、DACチップの上辺の左から3番目と4番目の銅箔に先細のハンダごてを押しつける。そして、細いハンダ線をくっつける。出来たんじゃないか?

「あれ、これでいいのかな? Mさん、点検してくれます?」

「えっ、もう出来たんですか。はい、みてみましょう。ん? あ、これ、大丈夫そうですね。うん、大丈夫ですよ。でも、こんなに素早くできるなんて凄いなあ」

最後の最後でお褒めにあずかった。

かくして、18日の作業は終わった。まだ足りない部品があり、完成は少し先である。この基板に電力を供給する方策がないから、さて、この日つくった基板が正常に作動するのかどうか確かめる術はないままの作業中断である。

「2週間ぐらい先に秋葉原に行く予定があります。その時に必要な部品を買ってこようと思いますが、それでいいですか」

Mさんの話に、もちろん、とお答えした。そして

「ありがとうございました。でも、今日つくった基板、電気を流せばちゃんと動くんでしょうね?」

「動いてほしいですよね」

とエールを交換して帰宅した。つくった基板や使った工具はMさん宅に預けっぱなしである。


というわけで、とりあえずDACづくりの第1段階は終えた。自宅に戻り、同じeasyaudioのページを見て、Mさんにメールした。

「ES9018SというDACチップはちゃんと足があります。我々がつくったキットに比べると遥かに高いですが(3万4000円)、こちらの方が作業はやりやすいんじゃないですか? つくったヤツがちゃんと動いたら挑戦したくなるかも知れませんね。こちらの方が音はいいというし」

このチップを使ったアキュフェーズのDACは、ネットでみたら110万円の価格がついていた。おお、それが3万4000円で手に入るかも知れない(ちゃんとつくることが出来れば)となると、何となく体のどこかでチラチラ動くものがある。

やってみる?

いずれにしても、製作途中のDAC次第ではあるが。

ということで、「DACづくり」の項は中断する。電源が出来て、うまく動くかどうかは、この続編としてそのうちご報告することになるはずである。