09.11
2016年9月11日 逮捕!
昨日の夕刻であった。
私は最近の習慣に従って駐車場でパイプをくゆらせながら読書していた。暑かった。汗が流れる。できればエアコンの効いた屋内の方が好ましいのだが、屋内で煙をもくもくと吐き出すと、妻女殿がもろに嫌な顔をされる。ご自分も愛煙家でありながら解せない態度なのだが、まあ、パイプを楽しむのは1日に3回。であれば、私が折れた方が楽である。
「こんにちは」
見知らぬ、若い、といっても30代後半と見える男性から声をかけられた。彼はすでに我が家の駐車場に立ち入っている。何やら、我が家に用件があるらしい。
「NHKなんですが」
おお、とうとう来たか、NHK。しかし、今回の引っ越しからまだ2週間しかたたぬ。ずいぶん速いな。
天下のNHKが私を取材に来るはずはない。それほどの善事も悪事も身に覚えはない。だから、NHKと聞いた瞬間に相手の用件は手に取るように分かった。
受信料を払え!
私は43年の逃亡生活の果て、とうとう逮捕されてしまった。
「あのー、アンテナが立っているようですが、受信契約の方はどうなっておりますでしょうか?」
実家から離れた私が初めてテレビを持ったのは、結婚してからである。どういう訳かいまの妻と、福岡で所帯を持った。1973年春のことだった。
テレビがあればNHKの集金人が来る。その程度の知識はあった。だが、当時の私はまだ学生。妻女殿が近くの材木屋に勤め、私はアルバイトで稼いで暮らしていた。当然、貧乏である。出るお金は1円だって減らしたい。
それに、だ。NHKの番組に金を払う価値があるか? そもそも、テレビなんてほとんど見ない。なかでも、NHKなんて、午後7時のニュースを見る程度だ。見た頻度によって金を取るのならまだしも、テレビがある家は一律に受信料を払えというのはおかしいのではないか? そもそも政府よりの報道ばかりしているし。
と思っていた私の前に、素晴らしい本が登場した。
「NHK受信料拒否の論理」(本多勝一著)
素晴らしい本であった。NHKの受信料は払わなくてもいい、のではなく、払ってはいけないのだ、と主張する本であった。
NHKとは何の略か? 普通は日本放送協会、と答える。が、この本では「日本白痴化協会」であるとあった。報道内容、番組内容を厳しく追究するのはもとより、NHKが放送終了時(当時は放送しない時間帯が毎日あった)に国旗と「君が代」を流すのも許してはならぬと主張した。
そして、私に一番役に立ったのは、
「もしNHKの集金人が来たら、この本を見せなさい。相手は引き下がる」
と書いてあったことだ。
福岡の我が家にも、数ヶ月のうちに集金人が来た。私はこの本の教えを実践した。すると、確かに2度と来ることはなかった。うむ、いい本である。
私が就職して、三重県津市に引っ越した。ここでは、私が留守の間に1度、集金人が来た。妻女殿が
「主人に黙って払うと叱られる」
と拒否すると、集金人は
「だったらまた来ます」
と引き上げたという。そこで私は次の指示を出した。
「来たら、私が直接話をしたいので、会社の方に来てくれといっている、と伝えなさい」
確かに集金人は再訪し、妻女殿は私の指示通り離した。
すると、である。NHKの集金人を名乗る人物は、2度と我々の前に姿を表さなかった。津市内で引っ越しても、岐阜市に転勤しても、名古屋に移っても、浦安、横浜、札幌と転々としても、まったくお見えにならなかった。
私は、日本白痴化協会のブラックリストに載ったらしかった。
以来43年。何故に今回は甘んじて逮捕され、素直に支払うことにしたのか?
デジキャス(いまは記憶している方の方が少なかろう。BSデジタル放送開始と同時に放送を始めたデータ放送局である。いまはない)に出向していた頃、仕事でNHKの元ディレクターと付き合うようになった。すっかり仲良くなり、いつの間にか飲み友だちとなった。そのころ、何かの不祥事がきっかけでNHKに受信料を払う人が激減、経営がピンチに陥った。
きっかけになった不祥事の内容が記憶にないのは、NHKの不祥事が多すぎるからである。
そのころも相変わらず受信料は支払っていなかったが、仕事柄テレビを見る時間は増えていた。そのうち、NHKの画面が妙に貧相になっているにに気がついた。スタジオのセットが安っぽい。ドラマに、やたらと回想場面が挟み込まれる。
「ああ、これは制作現場が予算を減らされているんだな」
会社たるもの、収入が減れば支出を抑えるしかない。収入が激減すれば支出だって激減せざるを得ない。制作費が急に減った現場は工夫で時間を繋ぐしかなく、それは画面を通じて視聴者にきちんと伝わる。
だから、酒を飲みながら彼にいった。
「俺さあ、もう30年ぐらい視聴料払ってないのよ。で、いまは払ってもいいかなと思い始めたんで、担当者に『取りに行け』っていっといてよ」
普通、払う必要のない金を進んで払う人はいない。だからだろう。彼は怪訝な顔をした。
「どうして?」
私はきちんとお答えした。
「だって、最近、あんたのところの番組、見るからに貧相だぜ。金を使ってないことが一目瞭然で、見ているのが辛いのよ。視聴料収入が急減したからだろ?」
彼は何かを感じたようであった。
「あ、分かるかね。確かに最近、局内は何処に行っても金詰まりでさ。ふーん、視聴者にも分かるんだ」
それで、横浜の我が家に集金人が来るものだと思っていた。ところが来なかった。ために私は、受信料支払いを始めるきっかけを逃し、今日まで不払いを貫くしかなかったのである。
それに、だ。
かつてに比べれば、私がNHKの番組を見る時間は増えた。午前、午後7時のニュース、大河ドラマ、朝の帯ドラマ。せいぜいその程度だが、民放の番組は見るにたるものが皆無だから、結局NHKしか見ていないことになる。
ま、だったら金を払うのも仕方ないか。
加えて。
NHKがあちこちで起こしている訴訟も不気味である。放送法は受信契約は義務づけているが、受信料の支払いを拒否した視聴者に対する罰則はない。それなのに、裁判所が受信料支払い義務を認め始めたではないか。
訴訟にかかる費用と私から取り立てる未払い受信料を比べれば、NHKが私を狙い撃ちに裁判を起こす公算は限りなくゼロに近い。だが、一罰百戒を求めて、誰でもいいから一般の不払い者を被告にすることはあり得る。その時、私がやり玉に挙がらないとは限らない。何しろ私、くじ運には恵まれていない。
とビビる気持ちも少しだけあり、今回は素直に支払いに応じたのである。1年間一括払いだと安くなるというからそうした。
できれば、WOWOWも新聞社も、NHKの割引制度を見習ってほしいものだと思った。
かくして昨日から、私はNHKの正規の視聴者になった。さあ、これで誰はばかることなく見るぞ! と思っても、見たくなる番組が本当にない。
だから、集金人さんに思わずいってしまったのである。
「NHK、年々知性が衰えていくね。ニュースを見ていても、原稿すらまともに書けない記者が増えたようだし、アナウンサーは勉強してないし、みんなが安っぽい正義感を振り回すし。せっかく金を払うんだ。何とかしてくれない?」
集金人さんにできることではないことは百も承知であるが、積もり積もった不満はどこかで吐き出さねばならない。そうか、これからはNHKに直接、胸をはって抗議の電話でもするか。
昨日、頼んでいたソファが届いた。これで引っ越しに伴って注文した事務机、食卓、ソファがすべて届いた。何となく人が住める空間に近づいた新居である。