01.10
2017年1月10日 トランプ
かつて、トランプがアメリカ大統領になってもたいした変化は起きないと書いた。いま私は、己の見通しの甘さを反省すべきなのか、それとももう少し様子を見た方がいいのか迷っている。
現状で見る限り、とんでもないことが起きつつあるように見えるからだ。
大統領選挙期間中、彼は、アメリカとメキシコの間に、メキシコの費用負担で壁を作るといった。呆れたバカであると思った。いくら最強国アメリカの大統領であっても、別の国であるメキシコに財政支出を命じる権限はない。ましてや、メキシコが望まないものを、メキシコのお金で作らせるなんてできっこない。できるとしたら武力でメキシコを制圧し、意のままに動く傀儡政権を作るしかない。そんなことをしたら、国内、国外から反発以上のものが出る。それに、大義が鼻くそほどもない戦争を、米国の兵士たちが真面目に闘えるのか? いくら考えても無理な話なのである。
だが、就任前というのに、トランプは両国間に実質的な壁の構築に取りかかった。メキシコで作られた車には高率関税をかけるというのである。
フォード、クライスラーがメキシコ工場計画を撤回した。GMはメキシコ生産計画を変更しないと突っ張っているが、先行きは分からない。トヨタ自動車は、メキシコ、建設計画地の地域社会に対して責任があるとしてメキシコ工場計画は見直さないというが、その代わりとして、アメリカに1兆ドルの投資をすると発表した。
トランプの圧力が効果を出し始めた。メキシコとアメリカの間に、目に見えない壁が築かれつつある。
アメリカとメキシコは自由貿易協定で車の輸出入に関税がかからない。その制度を前提に各社は経営計画、生産計画を立てていたのである。それが突然、メキシコで作った車には高率の関税がかかることになれば、労働者の賃金がいくら安かろうと、メキシコで作るメリットがなくなる。コスト高を覚悟してアメリカで作るほかなくなる。
そんな無茶な議案が議会を通過して成立するのかどうかはわからない。そもそも、メキシコ製の車にだけ高率関税をかける制度はいびつである。アメリカのメキシコいじめともいえる。それも、これからメキシコで作られる車だけが対象? 不思議な制度だ。
では、すべての輸入車の関税を引き上げるのか? ベンツもBMWも、アメリカではこれまでよりずっと高くなる。日本に住む私にとってはよそ事だが、トランプは全世界の自動車メーカーを敵に回す? それでアメリカのドライバーは喜ぶのか?
だが、やり玉に挙げられた企業としては
「そんな無茶な!」
と驚き、憤りながらも、リスクは避けるしかない。
トランプによると、それがアメリカの利益を守ることになる。賃金の安いメキシコに工場が逃げ出し、おかげで米国内の雇用が減った。すべてアメリカ国内で作らせれば雇用が創出できる、というわけだ。
だが、アメリカにとって本当にそんなにうまくいくのか? この施策でアメリカは繁栄を取り戻すことが出るのか? それほど簡単なことなら、なぜこれまでの歴代大統領はそんな政策をとってこなかったのか?
まず、こうした孤立主義は他国の反発を招く。米国への輸出に高い関税がかかるのなら、米国からの輸入に高い関税をかけよう、という対抗措置は誰でも思いつくことである。自分が先頭に立ってやり始めることだから、他国が同じ政策をとったからといって、アメリカは文句をいえる立場にない。結果として、アメリカの輸出企業は市場を失い、アメリカ国内の雇用が減る。
さらに世界の貿易が縮み、世界を不況が覆う。この世界不況の影響はアメリカにも及ぶ。アメリカの職場がもっと減る。
織田信長の天下への野望を支えたのは、経済力であった。信長は楽市・楽座を始め、経済取引の自由化を進めた。モノと金が自由に流れれば経済は成長する。現代の経済学を学んだわけでもない信長の本能的な着眼点は、彼を天下人に押し上げた。経済は自由を尊ぶ。高率関税でモノと金の流れをコントロールしようとする政治のもとでは経済は縮こまるしかないことは、信長が教えてくれたことである。
いや、それだけではない。トヨタはアメリカに100億ドルの投資をすると発表した。アメリカで売れ行きの良いカムリの生産性向上などにあてるという。
だが、いまでも日本車はアメリカでの評価が高い。そのアメリカで造る日本車の生産性、品質がさらに上がれば、米国車の市場を今以上に奪う可能性がある。一息ついているとはいえ、アメリカの自動車メーカーにかつての強さはない。そこでトヨタ車が今以上に売れれば、干上がってしまうアメリカの自動車メーカーが出ることだって予想できるではないか。
自由貿易を否定することが、本当にアメリカの利益になるのか?
とは、素人なりに考えたトランプ政策の危うさである。だが、素人なら素人なりに、もっと大胆に考えたらどうか?
トランプの奇想天外なAmerica First政策で、まず大きな被害を受けるのはメキシコだ。見込んでいた雇用増がなくなれば国内景気の浮揚も思うに任せまい。政権の威信も下がってしまう。
そこで、私がメキシコの大統領ならどうするか?
ゴルゴ13に仕事を依頼する。この、突然現れた天敵の息の根を止めてくれ!
それさえできれば自動車工場の立地がスムーズに進み、関連工場まで含めれば数万、数十万人の雇用が生み出せる。ゴルゴ13に支払う手数料など安いものではないか!
いや、これは漫画の世界である。だが、自動車工場1つとってもこれだけ世を騒がすトランプである。いつどこから暗殺者の銃口が向けられてもおかしくはない。
大統領在任中、ずっと暗殺の影に怯え続けなければならないのではないか? トランプよ。
だが、トランプにとってそれより恐ろしいのは、彼が支持者に見せた夢を実現できない時だろう。支持者たちは、トランプなら我々の仕事をつくり、暮らしを良くしてくれると燃えた。だが、政治と経済は、寄り添いながらも別々の道を行く。政治が経済を立て直せるのなら、世界から貧困はなくなっているはずだ。政治が繰り出す経済政策は万能ではない。
1年たち、2年たって、それでも自分たちの暮らしが相変わらず貧しいままだったら、トランプの支持率は急速に落ちる。その時トランプはどうするのか?
いろいろ考えたが、とりあえず私は前言を撤回しないことにしよう。最強の国アメリカに誕生した、理屈ではとうてい理解できない最高権力者の行く末を、おもしろ半分でじっくり見てみることにする。