2017
01.15

2017年1月15日 雪

らかす日誌

桐生は朝から雪であった。目が覚めて新聞受けに新聞を取りに出て気がついた。大雪ではない。細かな雪がハラハラと空から舞い降り、静かに降り積もっていた。周りの家の屋根や道路が薄化粧し、夢の国の住宅街のようだ。
そして、寒い。

「あちゃー」

雪景色に見とれる間もなく、私は予定が狂ったことを思い出した。

「今日は朝から、O氏宅まで車を取りに行くはずだったのに、これじゃ行けないじゃないか」

昨夜は新年会だった。午後3時から用事が長引いて自宅に戻る時間がなくなり、宴会場の近くにあるO氏宅の駐車場に愛車を止めてその足で会場に向かった。この夜はタクシーで帰宅し、翌朝、つまり今朝、散歩をかねて引き取りに行くつもりだった。

もちろん、酒飲みにはありがたい運転代行を利用する手もあった。ところが最近、桐生では使い勝手が悪い。数が足りないのである。頼んでも1時間待ち、なんてことが頻繁に起きる。劣悪すぎる労働条件に、代行の運転手をしようという人が減っているのが原因らしい。

昨夜も寒かった。店の外で待てば、酒を飲んで内から温まった身体も、20分もすれば冷蔵状態になる。かといって、宴会が終わったあと、一人で店内で代行の到着を待つのは時間の無駄であるのに加え、店員にいい顔をされない。タクシーを使うしかないのである。

そんなわけでタクシーで帰宅し、映画を1本見て

「明日は何時頃車を引き取りに行こうか?」

と考えながら寝たのに、起きたら雪。
何しろ、いまの住まいは高台だ。高台とは、坂道に囲まれている地域のことである。

「こりゃあ、歩いて坂を下りるのも怖いし、ノーマルタイヤの車で坂道を登ってくるのはもっと怖い」

常識に富む私は、とっさにそう考えた。部屋に戻るとNHKのデータ放送で今日の天気予報を見た。正午には晴天、午後6時には再び雪、とあった。

「そうか、これから雪は止んで日が出るのか。であればお昼前後には道路の雪は融けるだろう。引き取りは雪の消え具合を見てからにしよう」

そう決めて、朝食後は録画済みのBD-Rの整理に取りかかったのである。

持つべきものは友である。今日の友はO氏であった。

「どうしてる? 車はまだうちにあるけど、迎えに行ってあげようか」

そんな電話がかかってきたのは11時前だった。
彼の家には広い駐車スペースがある。日曜日で店はやっていない。だから、止めっぱなしの私の車が邪魔になっているとは思えない。だとすると、庭に出て私の車を見、

「ああ、この天気だから取りに来られないのか」

と考えての親切心からとしか思えない。ありがたいものである。
だが、我が家の周りを見ると、道路の雪は陽があたっているところは融けているが、日陰になっているところには残っている。車の運転はまだ危ない。

「まだ道路に雪が残っているんだけど」

というと、

「大丈夫だよ。うちの周りはみんな融けちゃっているから」

そこまで言われれば、断る言葉の持ち合わせはない。こうして、10分足らずで我が家まで迎えに来てくれたのである。

「この車さ、スタッドレスはいているだろ。だから、雪が降らないとつまらないんだよね」

ああ、そうか。我が家まで着てくれたのはスタッドレスタイヤの性能を楽しむためであったか。ま、それでも、ありがたいことに変わりはない。ひたすら感謝しながら愛車を引き取り、高台である我が家の周辺を除けばほとんど雪が消えた道路を、それでも慎重に運転してきた私であった。


にしても、寒い。居間ではFFの石油ストーブを朝からつけっぱなしにしているのに、室温はなかなか17℃以上に上がらない。
このような寒さの中で哀れなのは、パイプタバコ愛好者である。
パイプタバコの香りは、紙巻きタバコに比べてかなり強い。煙を胚まで吸い込まず、ふかすだけであるパイプタバコの魅力のいったんはこの香りにある。かつて欧州の貴族は食事時、部屋の四隅に奴隷を立たせて葉巻やパイプタバコを吸わせた、と何かの本で読んだ。その香りを楽しむためである。いまでも、煙草を吸わない人の中にも

「あ、いい香りがする!」

と、私が同室でパイプをくゆらせるのを許諾して下さる心優しい方がいらっしゃる。

それなのに、だ。我が妻女殿は己は紙巻きタバコの愛好者で、

「お前、いっぱい病気を持ってるんだからタバコはやめたら」

と私がご忠告申し上げても、

「タバコをやめたら楽しみが何もなくなる」

と、私への皮肉を交えながら拒絶されるのだが、そのお方が、だ。私がパイプを楽しむと

「臭い!」

と、絵に描いたような仏頂面をされるのだ。
仏塔面と一緒では、パイプの喜びも半減する。ために私は、1日3回、外に出て読書しながらパイプをするのである。
まあ、平常時ならそれでもよい。雨が降っても駐車場の屋根があるし、風が吹いたらパイプの煙は出たらすぐに吹き飛ばされて香りを楽しむ時間はないが、それでも煙が口中を充たしてくれるから我慢はできる。
だが、この寒さである。これは、辛い。

何が辛いか。
手がかじかむ。かじかんでも、片手ではパイプを保持しなければならないし、反対の手には本がある。両手とも寒気にさらされ続け、吸い終えて屋内に入ったとたん、ストーブの温風吹き出し口に両手をかざして温めなければならなくなる。
足も冷える。普通の寒さならサンダルで外に出るが、今日のように冷え込むとそれでは耐えられず、靴を履く。靴を履いても寒気は容赦なく腿から足の指先まで、遠慮なく熱を奪っていく。足も温風吹き出し口にさらさねばならなくなる身体の一部である。
それだけでなく、とかくに全身が冷える。外気温が低いからダウンジャケットを身に纏って寒風の中に出ていくのだが、寒気は全身から熱を奪う。外気温を見れば、冷蔵庫の中にいるようなものだから避ける手段はない。パイプにタバコを詰め込んで吸い終わるまで、おおむね20分から40分。最後は身震いするほど寒くなる。

「何だか、真冬に滝に打たれる修行僧のような」

ふとそんな言葉が脳裏に浮かぶのである。

「だったら、パイプなんてやめれば」

はい。論理的にはその通りであります。不快を捨て快に生きようとするのが人間でありましょう。私には修行僧になろうなんて大それた野望はないわけですから。
でもね。

「パイプをやめたら楽しみがなくなる」

のであります。
ん? どこかで聞いたような……。
あれまあ、似たもの夫婦ということでありましょうか?

今回の寒波は全国を襲っているようであります。皆様、寒さに負けず、春を心待ちにしようではありませんか!