04.01
2017年4月1日 ホスト
今日はエイプリル・フールである。起源は不明だが、1年に1日だけ、嘘をついてもいい日ということになっている。
私の場合は、毎日が嘘をついているような暮らしだから、特別な日でも特に変わりはない。正直を絵に描いたようなあなたは、今日、1年に1日だけの特別な日を楽しみましたか? ちゃんと嘘をついた? せっかくなら、腹の皮がよじれるような嘘がいいですな。
で、これから書く話は嘘ではない。正真正銘、真実とまではいわないが、おおむね事実に沿っている。たまたまこんな日にぶつかったから、こうしてお断りしておく。ああ、面倒!
今日、私はホスト居酒屋をやった。
「えっ、ということは、起業するっていってたのはこのこと? 今日が開店日? うん、あんたの料理の腕なら繁盛するよ。そのうち行くわ。店の名前は? 所在地は? でも、ホストって何さ?」
と早とちりして頂いては困る。私が居酒屋を開くはずがない。開店資金もないし、意欲もない。そもそも、腰に持病を抱えて、ほとんど立ち通しで働かねばならない居酒屋が出来るはずがない。
でしょ?
それに、ホストについてはおいおいご説明する。
本日、桐生で新しい祭りが立ち上がった。それだけなら単なる他人事なのだが、その準備段階から、あのO氏と私が、何故か相談役に取り立てられた。いや、取り立てられたのはO氏で、私はそのついで、あら、あんたもいたの、といった役回りではあったが、まあ、最初から関わったことに変わりはない。
準備段階での相談役だから、祭り当日はすでにお役御免になっているはずだ。祭りの仕上がりぶりを見物に行く程度のことはして、
「ああ、まだまだだねえ。ま、1回目だから仕方ないか」
とつぶやいていれば充分に役割を果たしたことになる。そもそも、相談料なんて頂いていないのだから、それ以上の関わりを持ついわれもない。
と、私は思っていた。O氏も同じだろうと思っていた。
「当日さあ、飲み屋やろうと思うんだけど、手伝ってよ」
とんでもないことを言い始めたのは、5、6日前のO氏である。えっ、飲み屋? 昼間から酒を飲ませる? そんなの、売れるか? そもそも、我々は祭りの実行主体ではないし、出店を頼まれてもいないんだけど。
O氏の話はこうだった。
祭りの会場のすぐ近くに魚屋がある。その店先にある駐車場を貸してもらってコップ酒を売る。つまみは魚屋で刺身を買ってもらう。つまり、売るのはコップ酒だけ。
「桐生ってさ、祭りの時も商店はあまり商売をしないんだよ。せっかく人が集まってくるんだから、自分の店の前で自分の商品を売ればいいと思うんだ。魚屋の前でコップ酒を売って、酒の肴は魚屋で買ってもらう。まあ、一種の実験なんだよ」
これまでの人生を顧みて、このような持ちかけ方をされた話を断る術を、私は遺憾ながら持ち合わせていない。当日、どうしても避けられない用件でも抱えていれば別だが、あいにく、何の用件もない。私に許されているのは
「ああ、いいよ」
という回答しかなかったという次第である。
水曜日に2人で買い出しに行った。といっても酒販店を2軒回って酒を仕入れただけではあるが。4合瓶で1本1500円前後。
「これをさ、1杯500円で売るんだよ」
ん? 1杯500円? 4合瓶だから、1杯1合としても4杯しかとれない。原価1500円を1600円で売る? 手間、暇、サービスを考えたら、すべて売り切っても赤字である。それに、売り切れるとはとても思えない。
「売れ残ったら?」
「残ったら、俺たちで飲み会を開いて飲んじゃえばいいがね」
この人、会社を経営する経営者である。だが、経営センスはゼロ、いやマイナスではないのか?
今朝は9時にO氏宅に行き、彼の軽ライトバンで目的地の魚屋へ向かった。ライトバンにはテント、テーブル、椅子、酒、氷、コップ、皿、醤油などが積み込んであることはいうまでもない。到着すると、テントを組み立て、テーブルと椅子を設置し、パイプ煙草をふかしながら、私は居酒屋マンになった。開店は午前10時前だった。
「来ないね、客」
「まだ来ないだろう」
「それに、魚屋はまだシャッターが閉まったままだよ。酒の肴がない」
「ああ、そうだね。ここ、何時に店を開けるのかねえ」
今日は、この冬最後の寒波がやってきた1日であった。
「寒いね」
「うん、寒い」
「こっちの、店に近い方が少しましみたいなんだけど」
「ほんとだね。確かに少し寒くない」
天気予報では1日曇りのはずだったが、朝から小雨である。
「やまないねえ」
「雨じゃ、人も出ないよね」
魚屋は午前10時半にシャッターを開けた。これで肴も出せる。準備は万端整った。
「でも、誰も来ないね」
歩道に立てた看板を見て、こちらに視線をくれる人はいる。だが、誰もテントに入って
「お酒ちょうだい」
とはいわない。
「何人来ると思う?」
「10人かねえ」
「そんなに来る?」
誰も来ない。手持ちぶさたである。
「寒いなあ」
「うん、寒い」
椅子に腰を下ろしてじっと待つ。しまっておいたダウンジャケットを引っ張り出して着てきたのに、寒さが身に浸みる。
「あれ、Oさん、ここで何やってるの?」
「うん、ここで居酒屋やって、ここの魚屋の刺身を売ろうと思って。飲んでいかない?」
11時半頃だったろうか、やっと1人来客があった。見ると、私も知っているおじさんである。魚屋の店頭に突然現れた居酒屋には顔見知りしか入ってこないか。
「うん、じゃあ1杯もらおうかな」
初めてのお客様であった。
「この紙コップのしたにお皿を敷いて、そうそう。そして自分で酒を注いでね。そんなに少なくちゃダメだよ。皿に注ぎこぼすの。注ぎこぼした方が何だか得したような気になるだろ?」
ふむ、採算を完全に度外視するのは経営者の度量の大きさか。
「あれ、この酒美味いね」
初めてのお客様は、そのうち携帯電話を取りだした。
「ああ、俺だけど。うん、ほら、あの魚屋の前で飲んでンだ。おいでよ」
かくして、間もなく2人目のお客様が現れた。
「Oさん、何でこんなことやってんのよ」
「いいじゃん、オヤジ酒場で」
オヤジ酒場? 違う、それは違うぞ。私、オヤジ酒場マンなんかやりたくない! 私はいった。
「オヤジ酒場じゃないよ。俺たちがやってんのは、ホスト居酒屋だって」
後刻、考えた。私は充分にホストで通じる。客も付くだろう。だが、O氏は通じるか? 言葉の選択を誤ったかも知れない。
午後2時過ぎに祭りもピークを越え、我々は店じまいをした。おいで頂いたお客様は合計5人。お飲み頂いたコップ酒は計7杯。売上げは3500円。この数字に呆然とするあまり、賃金をもらい忘れた私であった。
この間、パイプたばこを3度、紙巻きたばこを2本。昼食は祭りの出店で売っていたハンバーガーとホットレモネード。
ホスト居酒屋のついでに、駐車場を置かし頂いた魚屋で時鮭、銀だら、カジキマグロを買って自宅に戻った私であった。
ん? 今日の結論?
寒かった! 桐生の桜はいつだ?