05.13
沼田の現場で最年長の私も、少しは働いたのであった
11日、沼田での集合時間は午前10時であった。
桐生から50㎞少々の道のりだ。1時間半、多くても2時間も見れば大丈夫だろう、と私は踏んだ。
ここにいう所要時間は、すべて一般道を走ってのことだ。高速を使えば1時間もかからずに到着するだろうが、高速は味気ない。周りの景色を見るゆとりがないからである。季節は山に緑が生え出る新緑の5月。道中を楽しまなければ損ではないか?
いや、本音で言えば、高速代をけちっただけだが……。
ところが、なのだ。計算が狂った。途中、渋滞に引っかかったのである。
片道一車線。200m程先に信号が見える。ところが、信号が青に変わってもなかなか車列は進まない。一度の青信号で、進む車はせいぜい5,6台。いったい何が起きてる? 俺、遅刻するぞ!
信号の近くまで進んでやっと分かった。問題は信号の手前で左折する車だった。
片側1車線の道で、右折車のために渋滞することはよくある。右折するのなら中央車線をはみ出すように少し右側に車を寄せれば、後続車は左をすり抜けていけるのに、と思うのだが、特に群馬県にはこのように後続車に気を配る運転をする人は希有である。平気で後続車を塞ぐ場所に車をとどめ、後続車の列がどれほど伸びようと我関せず、というノーテンキなドライバーが多い。
その程度の地元に関する知識はあった。しかし、今の問題は右折車ではない。左折車である。おかしい。
道路の左は学校であった。グラウンドを見ると球技大会が開かれている。どうやら女子ソフトボールの大会らしい。次に分かったのは、左折車はこの試合を応援すべく、学校内に車を乗り入れようとしているのだった。学校の正門が交差点の少し手前にある。ところが学校内は混みあっているらしく、なかなか左折できないのである。6台先の車も左折、5台先も左折、4台先も左折……。
ここを抜けるのに20分ほどは要しただろうか。
遅れる。そう思うからアクセルを踏む。赤城山のふもとをぐるりと回る道に出る。ここなら多少飛ばしてもかまうまい。アクセルを、踏む。
前を行くダンプカーが見る見る迫ってきた。ブレーキを踏まざるを得ない。でも、遅いな、このダンプカー。おいおい、時速30㎞だぜ! 40㎞制限の道なんだよ、なんでそんなのにノロノロ走る? 40㎞の道は50㎞で走るのが常識じゃねえ?
遅れる、遅れる……。
遅れた。目的地に到着したのは約束の時間が10分ほど過ぎてだった。
ごめんなさい、みなさん!
ところで、ここまで書いてきて、沼田行きの目的を書き忘れていたことに気がついた。実は、わざとここ前書かなかったのだが、ここは忘れたことにしておいた方が後が書きやすい。
沼田に行ったのは、群馬大学発のベンチャー企業がこれから本格的に売り出そうという土壌改良材の実験に立ち会うためである。沼田の水田に蒔き、米を作る。隣り合った水田を使い、一方に土壌改良材を入れ、他方は入れずに稲を育てる。秋に、土壌改良材の効果が明らかになる、という仕組みである。
この土壌改良材、もとは土中の重金属を固定化する目的で開発された。攻撃目標は土中のカドミウムである。土にこの改良材を入れるとカドミウムが水に溶けない硫化カドミウムに変身し、その結果、そこで育つ植物がカドミウムを吸い上げることがなくなって重金属汚染がなくなるのである。
群馬大学が開発したが、国内ではほぼ無視された。なにしろ、日本にはカドミウム汚染された米はないことになっている。この改良材を入れたと周りに知れれば
「あの水田はカドミウム汚染されている」
という風評被害がたつ。だから、みんなが知らん顔をする。
ためであるかどうかは不明だが、ほぼ無視されたことは事実である。
変わって注目したのが中国だった。中国の水田は、広い範囲でカドミウムに汚染されているそうだ。政府も対策を試行錯誤していたが、そこにこの土壌改良材が登場した。早速日中間の共同研究が始まり、1年目のテストで効果が実証された。稲に含まれるカドミウム濃度が劇的に下がり、それまではカドミウムに汚染された米しかとれなかった水田から、含有カドミウム濃度が基準値よりはるかに少ない、食べても問題ない米がとれたのである。
さて、日本の水田はカドミウム汚染されていないという建前なので、それだけでは国内で使われることは望み薄だろう。ところが、中国での実験で、思わぬ副産物が手に入った。
この改良材を入れた水田では、収穫量が1割ほど増えた。それだけでなく、食べた中国のお百姓さんが
「あれまあ、うちの米、ずいぶん美味くなったわ」
といったのである。つまり、この土壌改良材はカドミウム汚染対策になるだけではなく、収量増、味覚向上にも役にたったのである。
話を聞いた沼田のお百姓さんたちが関心を持った。
「であれば、その改良材を使って米の食味をあげ、ブランド米を創り出したい」
沼田の米は食味がいいといわれる。これは内緒だが、沼田産の米が山を越えて新潟・南魚沼に旅をし、
南魚沼産こしひかり
として売られている。いや、これは話に聞いただけで、裏をとった話ではない。沼田のお百姓さんにお尋ねしても
「うーん」
というきりである。
ま、それはそれとして、沼田のお百姓さんはこの改良材で食味値90以上の米を作ると意気込んでいる。兆優良米である。米だけでなく、野菜や果物にも試して、沼田産の農産物を輸出商品に育てようとしているのである。
解説が長くなった。
で、11日の私は、これから沼田で始まる水田実験を、ベンチャー企業のホームページでレポートすべく、まず写真を撮りに行ったわけだ。
集合場所から水田までは車で約10分。すでに1トンの土壌改良材が到着していた。20㎏ずつに小分けされ、ビニール袋にはいって段ボール箱に詰められている。
作業は地元のお百姓さん4人と、ベンチャー企業ぼ営業担当者の5人で進めた。段ボール箱からビニール袋を出し、水田で待っているトラクターに繋がれたフリッカーという装置に入れる。トラクターが動き始めると、フリッカーの後部から出たしっぽのような筒が土壌改良材を振りまく。何だか、飼い主と一緒に仕事ができることを喜んでいる犬が盛んにしっぽを振っているような風情である。ほほえましい。
この改良材、1年目は1反(=300坪=約1000平方m)の水田に1トン入れる。2年目は半分の500㎏、3年目はまた半分の250㎏(最初の3分の1の333㎏だったかも……)である。4年目は再び1トンに戻る。
暑かった。私は半袖姿で写真を撮るだけだったが、それでも汗が出る。いや、一休みしようと水田のへりに腰を掛けていても汗が出る。
しかし、作業に当たる人たちはみな長袖である。
「やっぱり、日焼け対策ですか?」
真っ黒な顔をしたお百姓さんに聞いてみた。
「いや、長袖の方が疲れないんだよね。半袖だと、一日でぐったりしちゃう」
ほほう、そういうものか。夏場も元気で暮らしたいなら長袖着用のこと、と。
作業は約1時間で終わった。
写真を撮るだけのつもりだった私も、いつしか作業員の一員になっていた。そりゃそうである。作業は同じことの繰り返しである。一通りの図柄を抑えれば、後はやることがない。とはいえ、みんなが働いているのに、私だけ座り込んでのんびりする勇気は、私にはない。もともと小心者なのである。
が、小心者の私は腰痛患者でもある。一袋20㎏の改良材をフリッカーに入れる作業は腰に危険である。よって、私はもっぱら、あいた段ボール箱を潰す作業に従事した。他に比べれば楽な作業である。私が腰痛持ちであること、集まった6人の中では最高齢であること(多分)を申し訳にして、軽作業のみ手伝った私であった。
それでも、汗は噴き出たのであるが。
ということで、3時頃桐生に戻った。
午後3時。まだまだ仕事ができる時間である。昨日の日誌にも書いたが、見るべき原稿が山積みされている。これに取り組むか?
ところが、気力がわかなかった。なんとなく、全身がかったるい。これ、疲れ? たったあれだけのことで?
古希目前とは、そのような年齢であると思い知った11日の働く私であった。