2022
11.17

1審は敗訴。上告へ!

らかす日誌

先日の血液検査の結果を聞きに行った。

「いやあ、残念ながら……」

と医者が顔を曇らせた。いや、曇ったように見せたのは私の心の働きかか?
彼が示した検査報告書によると、PSA値は前回より下がってはいるが、まだ11.973。正常値は4以下なので、いまだにかなりの危険水域にある。

「ご承知のように、この値が10を越えると悪性腫瘍の恐れが高まりますので、それを前提とた取り組みをしたいと思います」

どうやら、第1審は私の敗訴である。

その最初の取り組みが本日始まった。

「まずMRIで前立腺の映像を見ます。ところで、いま尿はたまっていますか? いや、たまっていた方がいい映像が撮れますので」

といわれたのは午前9時半頃である。つい数十分前、排便を済ませたばかりだ。大きい方が出れば、釣られて小さい方も出てしまう。

「いや、出したばっかりなので。では午後また来ますが、それでいいですか?」

という次第で、午後2時半からの撮像となった。

MRIとはMagnetic Resonance Imaging(磁気共鳴画像診断)を略したものだ。強力な磁石と電波を使って身体の内部を映像化する、といわれても何故そんな映像が撮れるのかは不明のままである。だが、CTに比べて鮮明な画像が撮れる、程度の知識はある。

強力な磁石を使うため、金属は御法度である。時計やベルトのバックル、眼鏡などはすべて身体から離さなければならない。ズボンも金属製のチャックがあるためダメである。そのため私は、パジャマの下を持参して着替えた。

何でも、30分ほどかかるという。その間、できるだけ身動きせずにいなければならない。退屈である。そこで質問を発した。

「済みません。その間、本を読んでいてもいいですか?」

言い終わらぬうちに、愚かな質問に気が付いた。眼鏡は御法度の撮像現場である。眼鏡なしには文字が読めない私に、MRIの下で読書する能力があるはずがない。

この病院のMRIは日立製であった。「HITACHI」の文字が大きくプリントしてある。

「はあ、日立を使ってるんですね」

検査技師さんに話しかけた。

「ええ、これを買ったときは日立だったんですけど、その後すぐに富士フイルムに事業部門が売却されまして、もう少し後に買ったらここには『FUJI』って書いてあったはずですよ」

そういえば日立製作所は事業を立て直すため、様々な部門、子会社を売り飛ばしていたな。桐生の撮像室で企業の栄枯盛衰を見るとは思わなかった。

台の上に仰向けに横たわる。腰のあたりが固定される。やがて台は「HITACHI」文字のあるドームに吸い込まれ、間もなく様々な音がし始めた。

カンカンカンカン、という、ドラムのハイハットに近い音。
ゴトゴトゴトゴト、という立て付けの悪い窓がたてるような音。
ゴーンゴーンという不気味な音もする。
カタカタカタカタ、キーンキーンキーンキーン

ああ、こんな音を聞いていたら眠くなるんじゃないか? と思ったが、眠気には襲われなかった。やっぱり、緊張していたのか?

仰向けになって身体を動かさない30分とは、極めて長い時間である。何となく半分ぐらい済んだかな、というころ、鈍い尿意を覚え始めた。

「MRIをやるときには、膀胱にいくらか尿がたまっていた方がいいのです」

というお医者さんの指示に従い、昼食後、排尿を控えたままここに来た。あれまあ、やっぱりトイレに行っておいた方が良かったか?
とはいえ、あと半分ほどの時間は身動きできない。気を散らさねば……。私は数を数え始めた。60まで数えて右手の親指を折る。もう一度60まで数えたら人差し指だ。頭の中では60で1分間である。15分程度だろうと見当を付けた残り時間は、60を15回数えれば過ぎ去る……。

撮像が終わった途端にトイレに駆け込んだのはいうまでもない。

診察室に移って、撮ったばかりの画像を見せられながら医者の判断を聞いた。

「はい、これがあなたの前立腺です。私たちは色が変わっているところに注目します。ほら、ここは白っぽくなっていますよね。ここも周囲と色が違う。このあたりを疑います」

なるほど、MRI画像はそのように読むものなのか。

「で、やっぱり生検をした方がいいと思います。私が指摘したところがガンであるかどうかは分かりません。しかし、疑いはある。だから、細胞を採って調べた方が後々のためにいいと思うのですが」

と迫られれば、患者である私に反論する余地はない。それにこのお医者さん、何事も決めつけたりせずに、実に正確に表現してくれる。任せるしかあるまい。

ということで、12月20日に我が前立腺に針を刺し、細胞を採ることになった。20日朝に入院し、午後に生検、翌朝解放される。20日は昼、夜、食事なし。少しは体重が減り、99㎝と測定された腹囲が小さくなるかも知れない。

生検は肛門から器具を差し込み、その器具が出す音波で前立腺のリアルタイムの画像を見ながら、今日撮ったMRI画像と合わせて採るべき細胞の位置を確定し、針を刺す。お医者さんによると、全体からまんべんなく採りながら、それに加えてMRI像で色が変化していた部分をつけ加える。針を刺すのは会陰部、つまりお尻の穴とおちんちんの間の部分である。

「痛みはどれだけありますか?」

これは肝心な質問である。飛び上がるほど痛いといわれても逃げ出す術はないのだが、やっぱり聞いておきたい。

「下半身麻酔をしますので、痛みはありません」

しかし、麻酔を掛けるのに注射を打つだろ?

「脊髄に麻酔薬を入れますが、その前にその注射をする部位に麻酔をかけます。従って、最初の注射のチクリとした痛みだけで、あとは痛みはありません」

ほう、それはありがたい。でも、その下半身麻酔はどれくらいでとけますか?

「4時間弛度かなあ。あ、その間は歩こうとしないでください。足に力が全く入りませんから、歩こうとして足首をくじいたり、中には骨折する人もいます。麻酔がとけるまではベッドで寝ていてください」

はあ、頭ははっきりしているのに身動きできないとは。

「そうだ。だからその間はトイレにも行けません。それに、この検査の後、尿が出ないという人もいます。だから、麻酔が効いている間はカテーテルを膀胱まで差し込んで尿を流します」

おちんちんからカテーテルを差し込んで、といわなかったのはお医者さんの優しさか。しかし、いわれなくても私がどのような目に遭うかは明瞭に想像できる。
情けないことになったものである。

それで悪性腫瘍と確定したら、私は群馬大学医学部に行って重粒子線を浴びるつもりである。これ、フォーカスを絞るのが難しく、動かない部位のガンにしか、昔は使えなかった。いまは様々な部位のガンにも使われるが、当時の治療対象は前立腺ガンしかなかった。

「大道さん、重粒子線ってすごいですよ。見る見るガン細胞が小さくなるんです。医学部に見学に行ってびっくりしました」

と話していたのは、親しい元群馬大学理工学部長である。

「そう、だったら、前立腺ガンなんて怖くないね。その時はお願いするわ」

私はガン家系ではない。両親も祖父母も叔父叔母も、ガンで身罷ったのは1人もいない。だから、冗談に過ぎないと思っていたのが、何だか現実になりそうな雲行きである。

そうそう、そんな話をしたときの治療費は、記憶によると320万円だった。途方もない金額である。

「いや、それは困る」

と私はいった。

「もし私が前立腺ガンになったら、あなた、紹介してよ。知り合いということで安くしてもらってよ」

彼は真顔で答えた。

「ダメです。群大教授の私たちだって1円も安くしもらえないのです。諦めてください」

いまはフォーカシングの技術が進んだのだろう、適応ガンも増え、嬉しいことに保険対象の治療法になった。値引きを交渉しなくて良くなった分、ありがたい。

重粒子線治療は入院する必要がない。ただ、1週間に4回照射するのだという。ガン細胞が消えるまで何回でも照射するらしいから、治療が始まればほぼ毎日、前橋まで車を運転しなければならない。

ま、それも仕方ないかと、ウイスキーを嘗めながらこの文章を書いている私は諦めの境地にいる。