2023
07.29

私と朝日新聞 岐阜支局の23 子ども見つけた、の12 みそ汁

らかす日誌

みそ汁
 責任持ち家事分担
  体験通じ親子にきずな

美濃市洲原小学校に「力いっぱい働く10日間」というのがある。春は校内、秋は家庭。いってみれば「働かざる者食うべからず」の体験だ。子どもは家族の一員。責任を持たせ、家事を分担する。そうすれば、ゆがんだ子ども——一家の“居候”で「仕事は勉強だけ」——が元に戻る……
   ▇働く厳しさ喜び
かつて、転任してきた先生たちは、洲原の子を見て、こんな印象を持った。静かな学校。遊び時間なのに、運動場に子どもの姿がない。素直で素朴だが、迫力が、活発さがない。
一方で、山に囲まれた農村地帯にも、時代の波が押し寄せていた。農業が片手間になった。農作業、家事の機械化、受験戦争。子どもたちの働き場はなくなった。母ちゃんが口を開けば「勉強は? 宿題はあらへんのか」
「力いっぱい働く10日間」は、そんな状況下で生まれた。51年だった。人間が生きていく基本である労働の厳しさ、喜びを味わわせたい。そして親と子の触れ合いが深まったら……。
しかし、一部に反発があった。「百姓にするわけじゃない。宿題のひとつもやらせてほしい」
なぜ、働くことが大切なのか。先生たちは、PTA総会や学級通信などで繰り返し、説いた。
子どもを人間らしい人間にする。それは学力以前の問題だ。心と体がまともになれば、すべてがよくなる、と。
   ▇母ちゃんびっくり
昨秋の「10日間」は、収穫期の10月7—16日だった。
5年生の初恵さんの家で、いつものように母ちゃんは朝食前に稲刈りに出かけた。疲れた体で家へ戻って来ると、食卓からみそ汁の香りが漂ってくる。
初恵さんがつくって、待っていたのだ。「どう、おいしい? 母ちゃん」。朝、何度揺すっても起きなかった子が……。うれしさより驚きが先に立った。「もう、何でもできるやろ」。問いかけに「うん」と自信たっぷりだ。娘がつくった、初めてのみそ汁の味が、母ちゃんは今も忘れられない。
   ▇知った汗の貴さ
佐知子さんの家へは、数人の6年生が脱穀の手伝いに来た。はさにかかった稲をひと束ずつ運ぶ。脱穀機の板に載せる。佐知子さんのじいちゃんが機械にかける。自然に流れ作業になった。そのあと落ち穂拾いもした。はさの木を別の田んぼへ運びもした。重くて、体が揺れた。
応援組の1人、純子さんは感想を書いた。「バネ仕掛けの人形のように働きました……そのとき流した汗がたからもののように思えます」
「10日間」が終われば、「やれやれ」と本音を吐く子もいる。一方で、身につけた仕事をそのまま続ける子が目立ってきた。家庭での自分の役割を自覚したといってよい。「やらせられる労働」から「自らやる労働」が、芽生えつつある。
「母ちゃんた、毎日こんなえらいことして、それも朝から晩まで」子どもたちは親の価値に、今さらのように気付く。
親も変わった。
「仕事のえらさがわかり、最後までやり抜くことは勉強にも通じるなあ」
「仕事のあと、互いにねぎらいのことばをかけ合えば、語らずとも心が通じ合うもんだ」
はじめのような、冷ややかな声は、もうどこからも出ない。
きょうも、子どもたちが廊下を走る。今年、取り壊されるはずの古びた校舎がきしむ。でも、先生たちはそっとみている。先をあらそって運動場へ走る姿を、実は待ちかねていたのだ。
✖️     ✖️     ✖️
両親と話し合えるか 「話そうと思わない」18% 「気軽に話し合えない」6% 「わからない」28%
家庭生活をどう感じるか 「あまり楽しくない」18% 「とてもいや」4%
どんな家庭が理想か 何でも話し合える、明るくユーモアのある、が1、2位。
(岐阜市内の中学2、3年生111人のアンケート調査から)
子ども白書 ’78(草土文化社)によると、小学生の78%が「勉強しなさい」と親にいわれ、うち30%が「しゃくにさわる」と反発。また「自分がいない方が家族は幸せ」と、5年生の3分の1が考えている。理由は「世話をかける」「勉強ができない」「お金を使う」から。
これらの結果は、増え続ける「死にたがる子」に結びつく。学習意欲に欠ける程度ならまだしも、生きる力を失った子が多くなったら……。(1979年1月14日)