2023
09.18

私と朝日新聞 東京経済部の18 国と地方の上下関係を如実に見て、でも記事にできなかった話

らかす日誌

役所内を廊下トンビする。官庁担当記者の毎日である。聞き出したい話を持っている官僚氏、暇そうな官僚氏のそばへ寄って取材をしたり、雑談をしたりする。雑談は大切で、滅多にないことだが、相手はニュースと思っていなくても、こちらの感性しだいでニュースになる話が飛び出すこともある。ま、おおむねの場合、雑談は雑談に留まるのだが。

その日も廊下トンビをしていて、ある局の局次長室に入り込んだ。

「やあやあ」

から始まった雑談は、そのうち趣味の話になった。当時の私の趣味は海釣りである。

「あ、そうなの。大道君は海釣りが好き。実は俺も海釣りが好きなんだよ。一度一緒に行こうか?」

「それはいいですね。やりましょう」

「じゃあ、善は急げだ。俺がセットするから。セットできたら連絡するから待っててよ」

何ということもない雑談である。
数日して、広報室長から連絡が来た。日曜日の早朝5時に、茅ヶ崎(だったと思う)の釣り船が出る漁港に集合。狙いはイナダ。

「私もご一緒させて頂きます」

ああ、いいですよ、一緒に釣りを楽しみましょうよ。

その日、午前5時少し前に港に着いた。まだ真っ暗だ。局次長さんはまだ来ていない。ちょっと早すぎたか。乗船の待合場所に行く。
不思議な人物が3人目に泊まった。この時間、釣り船に乗る人しか来ない場所であるはずなのに、スーツにネクタイ姿なのである。

「この人たち、釣りをするのにもスーツ、ネクタイ着用なの? いったいどんな暮らしをしてるんだ?」

その3人が突然駆け出した。目で追うと、1台の車がこちらに来る。車が止まり、人が降りてきた。今日の釣りの友、局次長氏だった。車に駆け寄ったスーツ姿の3人が、局次長氏にペコペコと頭を下げる。何だ、あれは? あの3人はどういう連中なんだ? 何だかいやな気がし始めた。

釣り船に乗る。何と、あの3人も乗り込んでくる。これからお魚さんと格闘しようというのに、ネクタイとスーツ?

「局次長、のどは乾きませんか? ジュース、サイダーなどご用意しておりますが」

と持ち込んだクーラーボックスの蓋を開けるヤツがいる。局次長が知人を誘ったのでもなさそうだ。まるで従卒のように局次長にお仕えする3人。

「ねえ、あの気持ちの悪い連中は何なのよ?」

広報室長に聞いてみた。
私に向けた目は申し訳なさそうだった。

「地元自治体の土木課の人です……」

ということは、局次長氏がおっしゃった「釣りのセット」とは、地元自治体の土木課に

「今度釣りに行くからよろしくな」

と電話を1本掛けることだったのか? 国の公共事業が欲しい地元自治体は、建設省の局次長様から声をかけられ、従卒同様にお仕えしているということか?!
とんでもない釣りに付き合うことになった。一刻も早く船を降りて納竿したいが、すでに海の上である。1人だけ下船するわけにはいかない。

釣り船が帰港したのは昼前である。やっとまともな世界に戻ることができると、私はホッとした。ところが、なのだ。港にもまともな世界はなかったのである

「あのう、誠に失礼だとは思いましたが」

スーツ氏が話し始めた。

「釣りとはその日のコンディションに左右されるものです。そこで、万一釣果がなかったら大変だと思い、冷凍物で恐縮ですが、イナダをご用意させて頂きました。お一人様、3本ございます。どうぞお持ち帰り下さい」

おいおい、どういう世界なんだよ、ここは!

「あなたもどうぞ」

と私にも冷凍イナダがやって来た。私は少々ムッとしながら、

「いや、私は3、4本釣れましたので、家族で食べるには十分です。結構です」

と言い放った。しかし、敵はさるものである。

「そうおっしゃらずに。余れば私どもが困りますので」

とぐいぐいと押しつける。さて、あれはとうとう受け取ってしまったのだったか、それとも広報室長に

「俺、いらないから」

とあげたのだったか。恐らく後者だったと思う(思いたい!)のだが、記憶がない。

いま、私が目にして一るもの、いや体験しているものは、悪名名高い官官接待である。しかも、ネクタイ、スーツ姿の3人は、私も建設省の職員だと思い込んでいるらしい。ここで

「俺、朝日新聞の記者だよ」

と名乗ったら、彼らはどうしただろう?
だが、名乗らなかった。名乗れなかった。私も受益者になってしまったのである。接待を受けてしまったのである。今さら何で名乗れようか。一刻も早くまともな世界に戻りたいだけである。
だが、彼らはまだ許してくれなかった。

「田舎のことでございますから」

と口を開いたのは、ひょっとしたら土木課長さんか。

お昼の用意をしてございますので、そちらにお移り頂きたいのですが」

さすがに私の顔色が変わったのだろう。広報室長が私に向かって手を合わせた。見のがしてくれというのである。週が明ければ、またいろいろと頼み事をしなければならない相手だ。ここで怒りだしたら取材の障害になると思えば、怒りを静めるしかない。そして、地元市の3人は、私も建設省職員だと思い込んでいるのだ。昼食を断って1人だけ立ち去るわけにはいかないのだ。

とうとう、昼食も付き合った。お土産の冷凍イナダも、この昼食も、3人のポケットマネーであがなったものではないはずだ。つまり、税金である。市の予算からの出費である。どんな費目で落とすのだろう? 新聞記者が税金で買った土産をもらい、税金で支払われる昼食を食べる。こんなことってありか?!

そして私は、この事実を、私が体験した官官接待の現実を記事にはしなかった。広報室長に拝み倒されたこともある。知らなかったとはいえ、税金で接待されてしまったことへの後ろ暗さもあった。官官接待が犯罪だとすれば、私は共同正犯になってしまったのだから。

だが、といま思う。やはりあれは記事にすべきだった。恥を忍んで、私が体験したことを読者に伝えるべきだった。書けば、紙面に掲載された日から、私は建設省の取材が出来なくなったかも知れない。しかし、普通の建設省の記事を書くこととより、官官接待の実体をあからさまに書いた方が世の中の役に立ったはずだ。

今回は、若き日の判断ミスの話だった。