11.22
私と朝日新聞 2度目の東京経済部の41 「大道さん、ちょっと来ませんか?」
しかし、である。新日鉄と三協精機の提携にからんでインサイダー取引(当時はまだ犯罪ではなかったが)があったことは、すでに報じられている。では、この後何を取材して書いたらいいのか?
考えた。ここはユースの原点に戻るしかないという結論に達した。5W1H、つまり、いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、何を(What)、何故(Why)、どのように(How)、である。すでに報じられていることは、
どこで(Where):株式市場であることは明らか。しかし、株取引は証券会社を通じる。どこの証券会社だったのか?
誰が(Who):新日鉄の社員とあるが、特定されていない。
何を(What):提携で価格が高騰すると思われる三協精機の株を提携発表前に買った。
何故(Why):金銭目的以外には考えられない。
である。だとすれば、
どこで(Where):証券会社の特定。
いつ(When):買った日時を突き止めなければ。
誰が(Who):誰がやったかを特定する。
どのように(How):いったい何株を買ったのか?
である。しかし、そんな取材が出来るか? 顧客の売買情報は、証券会社にとっては秘匿しなければならない個人情報である。そんなものを私に
「ああ、〇〇さんが、△△日に、▢▢株買ってますね」
なんて教えてくれる証券マンがいるか? 恐らく、いない。じゃあどうすればいい?
私は取材を始める前から壁にぶち当たった。東京証券取引所が調べているから、いずれは詳細が明らかになるだろう。だが、それを待っていては各社と横並びの記事になってしまう。それではKiに一泡吹かせるのは無理である。それに、まだ犯罪ではないのだから、個人名が表に出ることもないだろう。このままでは、限りなく黒に近いことをして小金を稼いだ連中は逃げおおせることになる。
私はどこから手をつければいいのか?
グズグズ考えていても、前には1歩も進めない。とりあえず動いてみるしかない。
私は夏休みを自主的に返上し、翌日から仕事に出た。日頃親しくしている野村證券、大和証券、日興證券、山一証券の社員にあたる。
「ねえ、新日鉄と三協精機提携にからむインサイダー取引なんだけどさ、何か詳しいこと知ってる?」
我ながら情けない問いかけである。私はこの件について、全く情報を持っていない。頭にあるのはあのKiが書いた記事だけ。もっと踏み込んだ質問をしたいのだが、やりたくてもできない。まるで無能な記者、成り立ての記者みたいな取材しか出来ない。
私が取材をした相手は異口同音にいった。
「いやあ、私も朝日新聞で知ったんです。あるんですねえ、インサイダー取引って。詳しく知りたいのは私の方ですよ」
取材が進まない。全く進まない。どうすればいいんだ?
その中で1人だけ、
「ほんとね。私たちも許せないわ。何とか調べてみたいけど、あてにしないで待っててね」
といってくれた人がいた。もう会社が消滅したからいいだろう。山一証券に務める証券ウーマンである。彼女を私に紹介してくれたのはテレビ朝日のニュースステーションにも出ていたTa先輩だった。
「面白い女性がいるから、大道君、一緒に飲もうよ」
と誘われてから、かれこれ1年ほどたっていただろうか。美人ではないが知的な女性で、数回一緒に酒を飲んでいた。彼女が取材対象になるとも思わずに付き合っていたのだが、溺れる者は藁をも掴む、という。その時の私は「溺れる者」そのもので、藁をも掴む心境でその彼女にも取材してみたのである。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、かもしれない。
休み返上で仕事を始めたのだから、東京証券取引所内の記者クラブにも顔を出す。すぐ横の席には、あのKiが座っている。
「大ちゃん、夏休み返上でインサイダー取引を追いかけているんだって?」
「ええ、せっかくKiさんが特ダネにしたんだから、続報を書けないかと思いましてね。誰がやったのかを、1人でもいいから割り出せないかと」
「ああ、そう。がんばってね」
とKiが応えたのは、特ダネで第1報を書いたゆとりだろう。
記者クラブ内を見渡すと、何となく他社の動きも慌ただしい。なかでも日本経済新聞は熱が入っているようだ。経済専門紙、証券市場を左右する影響力を持つ新聞のメンツをかけて先行を許した朝日をなんとか抜き返したいと取材を重ねているのだろう。彼らとも競わねばならない。
だが、取材は一向に進まない。夜回りもした。朝駆けもやった。成果はゼロである。俺、Kiを見返せるのか? だんだん憂鬱になった。意気込みだけでは何事も始まらないらしい。
「大道さん、ちょっと来ませんか?」
私に電話をしてきたのは、山一証券のあの証券ウーマンだった。何、何かあった?
「面白いことが分かったのよ」
「えっ、それって、あのインサイダー取引がらみ?」
「そうなの。待ってますから」
私は押っ取り刀で山一証券に駆けつけた。