11.26
私と朝日新聞 2度目の東京経済部の45 インサイダー事件の報道合戦に圧勝した
朝日新聞が先鞭をつけ、新日鉄幹部の株取引手口をすっぱ抜いて盛り上げたインサイダー取引事件は、その後も取材競争が続いた。そして朝日新聞は
先行逃げ切り
を達成した。事件の節目節目で特ダネを書き続けたのである。この事件に関する限り、朝日の独擅場といってもよかった。
8月25日の朝刊には、この事件を調べている大蔵省、東京証券取引所が、調査結果を26日夕に発表するとに記事がある。
新日鉄の斎藤社長が東京証券取引所を訪れ、竹内道雄理事長に陳謝したのは25日だった。
「改正証券取引法の施行前とはいえ、内部情報の管理に不備があり、遺憾なことと認識している」
という趣旨だった。
26日朝刊では、日本の株式市場を調査するために来日していたアンドリュー・フェルドマンSEC(米証券取引委員会)委員補佐官に米国のインサイダー取引の事情を聞いた記事が載った。
オリヴァー・ストーン監督、マイケル・ダグラス主演で1987年に公開された映画「ウォール街(WALL STREET)」はご覧になっただろうか。マイケル・ダグラス演じるゴードン・ゲッコーはインサイダー取引を駆使して財を築いた証券市場のフィクサーともいうべき人物である。そのゴードン・ゲッコーに挑むのがSECだ。証券市場の健全性を保つため、市場での取引の隅々にまで目を光らせて不正取引を摘発する正義の味方だ。そんな仕事をしていたアンドリュー補佐官の話は、いまでも役に立つと思うので、ここに紹介したい。
「三協精機株にからむスキャンダルは、事実関係を見る限り米国で同じことが起きたら完全に違法行為となり、我々SECが摘発していただろう。
日本の市場関係者の一部には『インサイダー情報は市場の華』などといって、規制強化に反対している人もいると聞く。米国の一部にも『インサイダー情報は、企業情報をより早く市場に伝えるので、市場効率化に役立つ』などの議論があるが、これは間違っている。市場を活性化するのは、企業による素早い情報開示であることを強調したい。
いずれにしても、世界の主要市場は、インサイダー取引規制を強化する方向にある。自国の市場に対する評価が落ちることを気にすると同時に、自国の市場の活性化を狙ったものだと思う。
米国ではインサイダー取引は社会的に強く非難される行為だ。それが我々SECの行動を支えているし、裁判所の判断にも影響を与えているのだと思う。
だから、投資家からの通報がSECや証券取引所、証券会社にもたらされ、調査の端緒になることが多い。ほかにも、SECはコンピューターで株式取引を追跡し、変な値動きがないかどうかを監視しているし、新聞のちょっとした記事が調査のきっかけになることもある。あらゆる面から目を光らせているということだ。
調査はまず、証券会社に協力してもらうことから始まる。証券会社は、客の名簿や取引の内容、資金の流れなど詳しい記録を保存し、SECの求めに応じて提出しなければならないことになっている。ほかに、電話会社や銀行からも、通信の記録や資金の流れを報告させる。こうして状況証拠を固めるわけだ。
米国でもペーパーカンパニーを作って株取引をするなど、仮名口座のようなものはある。しかし、完全なダミーを作るのは実際はかなり難しく、調査すれば何とか本人にたどり着くルートはあるものだ。外国政府や金融機関の協力を得て本人を特定したこともある。
電話の盗聴という手法もある。盗聴は法務省に認められている権限なので、大きな事件の際には法務省の協力を得て実施するのだが、法務省は最近、インサイダー取引の摘発にこの手を使うことに積極的だ。また被疑者の協力を得て調査を進める司法取引という手もある。この場合被疑者は量刑の面で配慮されることになる。アイバン・ボウスキー事件の歳は、ボウスキーが自分の電話にテープレコーダーをつけ、そのテープをSECに提出してくれたが、それで彼の刑期は短くなったのだ。
ボウスキー事件:映画『ウォール街』のモデルになったといわれる、米国の代表的インサイダー取引事件。裁定取引者(アービトラージャー)として著名だったアイバン・ボウスキーが、M&A(企業の買収、合併)にからんだ内部情報を事前に手に入れ、株式取引で不法な利益を得たとしてSECに摘発され、民事制裁金など1億ドルを支払い、刑事裁判で3年間の拘禁刑を宣告された」
そして26日、東京証券取引所が調査結果を発表した。
それによると、新日鉄と三協精機の提携情報は発表前に漏れており、提携の機運が生まれた3月25日から提携発表の7月29日までに、新日鉄側で19人、三協精機側が15人の計34人が三協席株を買っていた。このうち4、5人は提携推進の業務に直接関わった社員だった。
これで、インサイダー取引疑惑の報道競争は幕を引いた。証券市場については日本経済新聞の独擅場といわれていたが、冒頭に書いたように、この事件に関する限り朝日新聞の完全勝利だった。
その会見が終わった直後だったろうか。証券取引所の記者クラブで私に声をかける人がいた。
「大道君」
振り向くと、日本経済新聞のNa氏である。朝日の先輩、Tsuさんの高校の後輩で、野村證券の田淵節也会長に深く食い込んでいたことは前に書いた。当時、彼は誰もが認める、証券担当記者の中でもっとも優秀な記者だった。
「彼のように優れた証券記者になりたい」
とは、私も目指したところである。その彼が、私に何か?
「いやあ、すっかりやられたよ。でも、君が書いた7000株の取引ね、あれ、どう取材しても追いつけなかった」
そりゃあそうでしょう。いくらあなたでも証券会社のコンピューターに記録されている売買記録までは見ることができないでしょうから。
「で、あの記事なんだけど、何人かの株取引を1人でやったことにして作った記事じゃない?」
冗談ではありません! 私は虚報は書きませんぞ!!
そんなことがあったからだろうか、しばらくしたころ、彼にまた声をかけられた。
「大道君、君、『選択』に記事を書かないか?」
「選択」とは会員制の月刊誌で、いまは私も定期購読している。何度か記事の一部をこの「らかす」でも紹介したからご記憶の向きもあるかもしれない。その雑誌に私も書かないかというのだ。
「選択」はマスメディアにはあまり出て来ない深い情報、分析を売りにしている。ということは、私はNa氏に見込まれたのか? そもそも、Na氏は「選択」のライターの1人なのか?
誇らしい思いにさせる誘いだった。だが、私は言下に断った。
「いや、興味ないわ」
何故断ったのか。あなたはどう思います?
そんなアルバイト原稿を書いて小金を稼ぐより、取材にもっと身を入れたい。そもそも、自分で取材した成果は自分の新聞に書くのが私たちの仕事ではないか!
と書けば正論になる。正しい記者道であるともいえる。
だが、私が断った理由は違っていた。自信がなかったのだ。あんな深掘りをした記事は、俺には書けない!
情けない話だが、それが本音である。自分を褒めるとすれば、己の力の限界をきちんと把握していたことである。
ここまで書いてきて、このインサイダー取引でもう一つ思い出した。朝日新聞経済部から週刊朝日に転じていたNa先輩(もちろん、日経のNa氏とは別人です)である。
新日鉄の幹部が三協精機株7000株を買っていたという記事が出た直後、私はNa先輩の訪問を受けた。
「大道君、あれを週刊朝日でも書きたい。詳しいことを教えてくれ」
週刊朝日は朝日新聞の出版物(当時は)であった。隠す必要はない。詳細に教えてあげた。ただ、1つだけ釘を刺した。
「インサイダー取引はまだ犯罪ではありません。だから誌面でも年齢は出したが、名前は出していません。名前は書かないで下さい」
Na先輩は
「分かった。ありがとう」
と言い残して去った。
そして週刊朝日が出た日、私はページを繰った。
!!
何ということだ。あれほど念を押したのに、何と、新日鉄幹部の名前が堂々と活字になっているではないか!
「あなたは何ということをしてくれたんだ!」
電話で抗議した。Na先輩はひた謝りに誤った。しかし、覆水盆に返らず。何とも手の打ちようがない。
すでに新聞に出ている事実を追いかける記事である。何か新しい「目玉」が記事に必要だと思ったのか。それとも私との約束を忘れただけなのか。いずれにしても、人権感覚が全くないやりようである。
朝日新聞にはこんなつまらない記者もいたのである。それを見抜けなかった私の罪も重い。