2024
01.20

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の2 初めての老眼鏡を買った

らかす日誌

人の記憶とは不思議なものである。古いことはよく覚えているのに、新しくなると徐々に記憶が混乱してくる。そしてある時点から再び記憶が鮮明になり、その先は再び想い出がぼやける。

そんなことは誰にでもあることだといいわれる。だから私にも起きている。最初にぼやけ始めたのは2度目の東京経済部勤務で、それはすでに駄文にした。2度目はそれに続く2度目の名古屋経済部で、何となく記憶総量が少ないから回数も短く、しかも2つの事件を1つにまとめて記憶の引き出しに入れておいたりした。まったくドジな話である。

そして、これから書く3度目の東京経済部も、記憶が曖昧になっている時期である。あれこれ考え合わせると、名古屋から戻った私はまずウイークエンド経済のデスクになり、続いて紙面審査委員になった。確か、

「半年間やったら、取材の前線に出してやる」

という経済部長の言葉に乗った。半年後、私は再度建設省の担当になったと思うのだが、さて、そこでどんな仕事をしたのか、不思議なことに頭の中は空っぽである。それを終えて財界担当、という順番だったと思っているのだが、なにしろ曖昧になった記憶を元に書いているのだから、この順番が正しいかどうか保証しかねる。ただ、今の私はこの順番に想い出を書くしかない。ご承知おき頂きたい。

私はウイークエンド経済のデスクになって間もなく、初めての老眼鏡を買った。
目に老化の兆しが現れたのは2度目の名古屋勤務の時だたった。何となく目が疲れるので眼科を訪れた。検査をした医師が言った。

「あなたの右目が軽い遠視になっています。それで、右目は左目に迷惑をかけてはいけないと一所懸命にがんばります。左目は、右目に老化の兆しが出たのであれば自分ががんばってカバーしなければならないと考えます。結果、両目ががんばりすぎてどちらも疲れてしまうのです」

私はこの説明に、妙に納得した。そうか、両目が互いに相手のことを思いやり、しかしその結果として両目が疲弊する。お互いに相手のことを思いやることが2人に思わぬ不利益を与えることは人間にもあるなあ、と感じ入ったのである。当時は、

「両目がそれぞれ考える、なんてことがあるのか?」

という当然の疑問も思いつかなかったのだから、私もたいした頭脳を持っているわけではない。私は医師に、こう聞きただしただけである。

「とすると、老眼鏡の御世話にならねばなりませんか?」

医師は答えた。

「まだ大丈夫でしょう。ビタミンEが入った目薬を出します。それで3年か5年は大丈夫だと思いますよ」

私がそんな両目を抱えてウイークエンド経済のデスクになった頃、朝日新聞は紙面編集のコンピューター化を進めていた。原稿はワープロやパソコンで書き、モデムを使って送信する。記者が送稿した原稿は会社のメインコンピューターに入る。デスクはメインコンピューターから必要な原稿を自分のコンピューターに引きだして修正を加える。仕組みはよく分からないが、かつてのようなざら紙に書いた原稿や、マス目の原稿用紙に書いた原稿はもうほとんどなかった。

デスクとは記者が書いてきた原稿を読者にお読み頂ける商品に仕上げる仕事である。自分で書いた原稿の善し悪しはよく分からないが、他人が書いた原稿の善し悪しはよく分かるというのが人間の特性である。中でも、「悪し」はよく目につく。

「あの野郎、下手な原稿を書きやがって」

とブツブツ言いながら原稿に直しを入れる。意味不明の部分があれば、」記者を呼び出していったい何が書きたいのかを聞き出しながら直す。そんな仕事である。

今なら、コンピューターのディスプレー上でサッサとできることである。ところが、当時の私にはそんなことはできなかった。記者が書いてきた原稿を一度プリントアウトしなければ仕事ができない。時には、プリントした原稿をハサミとノリで切り貼りして1本の原稿に仕上げることもあった。
それでも、その記事を新聞にするにはコンピューター上で最終原稿を仕上げなければならない。プリントして切り貼りした原稿を見ながら、ディスプレー上に同じ原稿を作り上げなければならない。どうしても目が疲れる

ある日、ウイークエンド経済の若手記者が私のもとに来た。

「大道さん、お絵かきロジックを書きたいのだけど、いいですか?」

ご存知の方もいらっしゃると思うが、お絵かきロジックとはマス目の上と下に並んだ数字をヒントに塗りつぶすマス目を見つけ、それを続けていくと絵が浮き上がるパズルである。だが、当時の私には知らない世界だった。

「お絵かきロジックって何?」

そう聞くしかなかった。その私に、彼は1冊の雑誌を渡して説明し始めた。何でも、サラリーマンの間で流行っているので記事で紹介したいのだという。
記事にする許可は与えた。いずれ彼はお絵かきロジックの記事を私に提出するはずである。そして私は彼の原稿を商品に仕上げなければならない。知識がなくて原稿に筆を入れることが出来るか?

「だったら、自分でもやってみた方がいいよな」

書店で1冊、お絵かきロジックの雑誌を買って自宅に戻り、やり始めた。
いま思えば、それがいけなかった。面白いのである。作業を続けると、思いもよらない絵が登場する。やり方はこちらを見て頂くとして、マス目の数が小さいパズルは、裸眼で十分対応できる。ところが病が膏肓に入ると、もっと複雑なパズルに挑みたくなる。雑誌の両ページにまたがる程度はまだ良い。折り込んである紙を広げるようなものになると、1つのマス目は2〜3㎜角しかない。その中から塗りつぶすマス目を探し出し、鉛筆で1つずつ塗っていく。
面白かった。のめり込んだ。目が疲れた

コンピューターのディスプレーを睨みつける時間が増えたこと。お絵かきロジックにどっぷり浸かったこと。
私は間もなく、初めての老眼鏡を買った。そうしなければ文字や図形がはっきりとは見えなくなってしまったのである。確か、44歳ぐらいのことだった。