2024
01.21

私と朝日新聞 3度目の東京経済部の3 コラム欄の新設を命じられた

らかす日誌

当時のウイークエンド経済の編集長をIさんといった。東大卒。私などとても及ばないほど頭のいい人ながら、出世欲は極めて薄い、尊敬に値する数少ない先輩だった。

「大ちゃん」

とある日呼びかけられた。

「コラムを入れ換えたいんだ。今やってるヤツ、あまり面白くないだろう? 何か、2つばかり君が考えてくれないかな」

ほう、私にコラムを考えろ、ってですか。

「いいテーマとライターを探して欲しいんだよ」

それは私に対する期待だったのか、それとも私に対する実力考査だったのかは不明である。いずれであったにしても、上司に言われれば引き受けるのがサラリーマンの世界だ。
決めるべきは、まずテーマである。いまの私なら、さて、どんなテーマを考えつくだろうか? 地方都市・桐生にもう15年近く住んでいるから、ひょっとしたら日本の不均衡発展に焦点を当て、「消滅可能性都市」なんてのをあげるかも知れないなあ。その再生の道を探らねば、日本の先行きは暗いのではないか? だが、十分納得のいく実践論を展開できるライターはいるか? …………、これは企画倒れか。
ここはやっぱり趣味に走って、現代社会におけるロック論なども面白会もしれない。頭脳警察のPANTAと当時知り合っていたら、彼に執筆をお願いに行ったかもしれない。彼の書いた詩は素晴らしいから。いまとなってはそのPANTAも逝っちまったが。

当時、私が思いついたテーマは2つあった。
まず、「食と健康」である。名古屋で3年半単身生活をする中で、私は丸元淑生さんに導かれて栄養学に深い興味を持ったことはすでに書いた。いま考えれば間違いだらけの栄養学だったが、あのころは外食するにしても出来るだけ肉は避け、魚と野菜を中心にするように心がけていた。何かの席で肉料理が出ようものなら、何となく箸を延ばすのがためらわれるほどはまっていた私は、一種の健康オタクともいえた。

「健康のためなら命もいらない」

とまではいかなくても、かぶりつけば美味いに決まっているステーキを食べないぐらいは平気だったのである。
私がそれほどはまった栄養学である。朝日新聞の読者にも面白くないはずがない。

「サラリーマンの食と健康を、専門的な立場から語るコラムは面白いはずだ」

と考えた。
では、誰に書いてもらったらいいか。私は八重洲ブックセンターに足を運んだ。その類の本を探すためである。きっと私の思いに沿った本を出しているライターがいるはずだ。

もう1つのテーマは「技術」である。朝日新聞経済部は大型企画を続けていた。その1つだった「Tokyo Money」メインライターとして世界を一周する取材をしたことはお読み頂いた。大型企画はほかにも数多くのテーマを採り上げており、その1つに「技術」があって、私もライターの1人として参加した。私が何を書いたのかは記憶にないが、他の記者が書いた記事が記憶に残っている。

例えば、電気浮きの開発に努力を傾注した技術者の話である。電気浮きとは夜釣りに使う浮きである。電池で光る。この技術者は理想の電気浮きを作ろうと努力重ねた。形は? 光の色は? 照度は? 魚がエサを加えた時の感度は? 浮きには様々な条件が求められる。それぞれ最高の性能を持つ浮きを作ろうと、かれは試作品が出来ると毎夜のように夜釣りに出かけた。自分が考えた浮きが期待通りの仕事をしてくれるかどうか……。港に竿を出し、海面で光を放っているちっぽけな電気浮きにジッと見入っている1人の男。電気浮きに人生をかけようとしている技術者の生き様が、なぜか強く心に刻まれた。

女性用下着の開発に力を注いだ男性技術者もいた。女性が毎日身に着けるブラジャー、パンティの理想型とは何か? どんな素材をどんな形に縫製すれば、多くの女性を幸せに出来るのか。彼は試作品を次々に作り、できると自分で身に着けて暮らした。自分だけでは判断ができないと、妻にも着せて意見を聞いた。伸縮度は、フィット感は、着脱のしやすさ、締め付け具合は、身に着けた時に体の線は綺麗に見えるか。チェックポイントは数多くあった。それを自分の体と妻の体を使って試し続ける。

「技術って面白い!」

そんなことを考えていた時、I 編集長が

「大ちゃん、こんな本があるんだが、読んでみないか」

と1冊の本を差し出した。「メルセデス・ベンツに乗るということ」(赤池学著、TBSブリタニカ)である。その日から私はこの本を読み始めた。