02.19
私と朝日新聞 3度目の東京経済部の32 なぜか、ワーゲン
【10月6日】
ドレスデンのホテルから、バスで南西に走り、フォルクスワーゲンの工場があるツヴィカウへ。工場を視察。新型パサートの組立工程を見る。
ゴルフIVもこの工場で作るというが、組立ラインは案内してくれなかった。生産の立ち上がり時期だけに、機密保持に神経質になっているのかもしれない。ワーゲン会長のピエヒが列席していた。
昼食もこの工場で。長粒米を使った料理、ジャガイモ料理など、典型的なドイツ料理だが、なかなかの味。立食形式だったのが悔やまれる。
(思い出話)
不思議な縁なのです。
私が初めて乗った輸入車が、なんとフォルクスワーゲンのビートル。そうカブトムシといわれた車です。
岐阜に住んでいた頃です。知り合ったばかりの人が、
「フォルクスワーゲンに乗れ。乗ってその哲学を理解せよ。そうしなければ、お前は一生、バカのままである」
とののしるのです。
俺が一生バカであっても、あんたに迷惑をかけるわけではないだろう。よけいなお世話だ!
そんな啖呵を切れる人間であったら、私は今頃、一国一城の主になっていたに違いありません。でかい声を出されると、足がすくんでしまうんですよね,俺。
彼は、ののしっただけで私を解放するような淡白な性格ではありませんでした。
「販売店を紹介する。すぐにビートルを買え」
お前はフォルクスワーゲンの回し者かよ、と怒鳴るべきだったのでしょう。
だが、私がやっと絞り出した声は、
「わかりました。どのお店に行けばいいのでしょうか」
と私の耳には聞こえました。あ~あっ。
はい、6年落ち、走行距離6万キロの中古車で、な、な、何と95万円!でした。
濃紺の1600ccで、当時としては珍しいエアコン、いやエアコンではないな、クーラー付き。エッと驚いたのは、冷たい風の吹き出し口が、リアシートの後ろ、リアウインドウの下に、煙突のようにすっくと立っていたことです。冷たい風はこの煙突様のものから吹き出され、カーブを描く天井に沿って流れて、運転している私の頭の上から降り注ぐ!
そうです、受験勉強に勝ち抜くにはこれしかないといわれる頭寒足熱。理想的な冷やし方なのであります。車の中にまでこの仕組みを組み込むとは、ゲルマン民族、恐るべし!
ただし、もう少し冷えてくれていたら、の話ではありますが……
楽しい車でした。
リアエンジン、リアドライブ。初めてこの車を見た人が、ボンネットを開けて
「この車にはエンジンがない!」
と叫び、車の後ろを見て、
「この車、トランクにエンジンを詰め込んでどうしようというんだ? こんなことしたら荷物が積めないじゃあないか!」
と怒り出したという代物です。
まず、デザインがいい。マンハッタンの街角に駐車しても、ゴビの砂漠を走っても、背景にしっくり溶け込む不思議な形。都会にフィットする車、荒野を走るとサマになる車はありますが、どちらにも似合う車となると、私にはこのビートル以外に想像できません。
椅子の生活が長いドイツで作られた秀逸なシートにアップライトに座るため、長時間運転しても疲れが少ない。
空冷エンジン特有の、トットットットットットッ(人によってはバタバタバタ、と表現されることもあります)というリズミカルなエンジン音。
シンプル、かつ奥が深いインテリア。なにしろ、メーター類は速度計のみ。その中に必要な情報はすべて詰め込まれている。
背が高くて、
あるいは手が短くて、
もしくは座高が高くて、
一番あり得るのはこの3つの特性が組み合わされて、
シフトレバーに手が届かないときは、シフトノブを「長いものに取り替えろ」という合理性も特徴である。
はい、私なんぞは、当然のごとく「長いシフトノブ」にお世話になっておりました。
楽しいんですよ。
高速道路を100㎞で走る。上り坂にかかると、アクセルは床まで踏みっぱなし。でも、速度計の針は98、94,88と落ちていきます、自動的に。
時速100㎞で走っていて、横風を受けると進行方向が変わります、自動的に。
自宅を出て、最初の信号で信号待ちをすると、時々エンジンが止まります、自動的に。
3年ほどして、逝ってしまいました、自動的に。
いえねえ、走っていたら、突然ファンベルトがぶち切れまして、破片をエンジンが吸い込んでしまったらしいのです。整備に出しても、「ゴホッ、ゴホッ」と咳き込みましてね、はい。
下取り価格は15万円でした。
それでも、私は声を大にして叫びたい。
ビートルは世界の、歴史的な名車である。もう一度乗りたい!
工場からは、パトカーの先導で、ライプチッヒの空港へ。3時半の飛行機に乗るのに、到着したのは3時15分。途中、並みいる車をパトカーが止め、反対車線を走り、スピード違反を繰り返して、この結末。途中、道に迷う一幕や、警察の権力行為に反発して道を譲らない車、文句をいう自転車乗りもいて、社内はちょっとした興奮状態。バスは、空港の中まで入り込み、飛行機のすぐそばまで接近。得難い体験だった。
(解説)
大型バスに詰め込まれ、パトカーの先導で疾駆する。これは、まるで、囚人の護送…… 。
何故に、この様な特別待遇を受けたのか。私はVIPだから、ということは、もちろんありません。では、どうして……。それは、ヒ・ミ・ツ。
もっとも、この程度で驚いてはいけない。
あっと驚く、極めつけの特別待遇は、次回に登場!
飛行機でボンへ。夜、日本食。
「欧州一美味い」
との触れ込みである。確かに日本の味だが、メインで出てきた寿司は、ボソボソの米に、そこそこの魚。
「これはうまい寿司だ」
と感心しながら食っているツアー同行者の神経がわからない。
(解説)
私が一番好きな寿司は、東京・築地市場の場内にある「大和寿司」。午後1時過ぎには店が閉まるが、ここで3000円の定食を食べると、
「もう何もいらない」
という幸福感に包まれます。
よっしゃ、明日食いに行こう!
明日は、6時に荷物を出し、7時にバスでホテルを出て空港へ。それからルーマニア向かう。早く寝たい。
さすがにボンは先進国の首都。昨日までとは町の空気、色合いが違う。現代に戻った気がするが、所詮はバスの窓からながめただけ。強行軍で、町の雰囲気を味わう時間もない。ここまで来てもったいない話だ。