03.04
私と朝日新聞 電子電波メディア局の3 テレビ大分と大分の話
テレビ大分に行くには大分空港まで飛行機で飛ぶ。大分空港は国東半島にある。テレビ大分がある大分市までは、別府湾沿いにぐるりと遠回りして車で行くか、ホバークラフトで別府湾を直進するか、の2つの道がある。どう考えても、直線的に目的地に向かうのが合理的だ。それに、ホバークラフトにはそれまで乗ったことがなかった。この交通手段を選ぶしかない、
ホバークラフトとは、空気を下に向かって吹きだして宙に浮く乗り物である。何だか、「Back to the Future」に登場する空飛ぶ車、デローリアンを思い出させてくれる。ワクワクしながら乗った。乗ったら、ひたすらうるさかった。それを除けば、乗り心地は遊覧船と大差はない。単なる乗り物に過ぎなかった。
九州は福岡県大牟田市で高校まで育った私は、中学の修学旅行で別府に行ったことがある。だが、大分市には足をおろしたことがなかった。初めて大分市に足を踏み込んだ私は、まず昼食を取らねばならなかった。さて、どこで食べれば満足できるだろう? しばらく考えて私は本屋に向かった。大分市のグルメガイドを買うためである。
そのグルメガイド誌をながめて、私はある店に惹かれた。大分城址公園、大分県庁からほど近い居酒屋、「こつこつ庵」である。
最初に食べた昼食が何だったかは記憶にないが、ここは大分である。地元の名物、関サバの寿司ではなかったか。その味を能した私は、大分での昼食は「こつこつ庵」に決めた。とにかく、美味いのである。
この居酒屋では、何にでもカボスを搾る。関サバの寿司にももちろんカボスを搾りかける。みそ汁にもカボスを搾る。
ある日、
「この店に来たら、これだけは食っておけ、という料理はない?」
と声をかけたら、だんご汁が出て来た。その日はすでに関サバの寿司を頼んだあとだった。つまり、普通の食べ方からすれば2食分である。
「こんなに食えるか?」
と思いながら箸をつけた。このだんご汁にもカボスを搾ったのはいうまでもない。
何とか食べ終えた。美味い、美味いと思いつつ、寿司を食べ、だんご汁をすすり、最後まで食べた。料金は確か3000円ほどかかった。1回の昼食に費やす金額としては法外である。だが、はち切れそうな胃袋をなだめつつ、私は満足だった。
ある時は、テレビ大分の宴会終了後、1人でこの店に入った。昼食であれほど満足させてくれる味である。夜の味も賞味してみたかったのだ。
テレビ大分に行くのは年に5、6回。つまり2ヵ月強に1回である。その程度の頻度で訪れる客が亭主と仲良くなることは普通起きない。しかし、何故か私は亭主と親しくなった。大分の郷土料理の味に嬉しくなり、そんは話をする機会がたびたびあったからだろう。驚いたことにある時、横浜の我が家に「こつこつ庵」から大きな段ボール箱が届いた。開けてみると、カボスがいっぱい入っていた。たまにしか訪れない私のどこが気に入ったのか、亭主が送ってくれたのである。亭主は確か、松本じつおさんといった。大分に通ったのはわずか1年だけで、その後は行く機会がない。松本さん、いまでもお元気だろうか?
あれは年末だった。私の予定表に、テレビ大分の役員会という記入があった。
「もうすぐ正月というこんな時期に役員会を開くのか。何か緊急の課題があるのだろうか?」
といぶかりながら大分空港—ホバークラフト—テレビ大分、の道を辿った。
「こんにちは」
といいながら役員フロアに上がる。見知った役員と顔があった。
「おや、大道さん、今日はどんなご用件で?」
どんなご用件? 不思議なことを聞く人である。
「だって今日は役員会でしょ」
当然の返答である。
「役員会? いや、そんな予定はありませんが」
えっ?
「私の予定表には、今日が役員会だと書いてあるんですが……」
「何かの間違いじゃないですか?」
間違い。ふむ、とすれば私が間違ったわけだ。間違って、飛行機とホバークラフトを使って大分までやって来た。トホホ……。
この間違いから生まれた出張の費用も朝日新聞に申請したのはいうまでもない。そして、
「何かの間違いじゃないですか?」
といわれる前に、「こつこつ庵」で昼食を楽しんだのもいうまでもないことである。
私はいまだに大分・湯布院から取り寄せている七味唐辛子がある。ある日、テレビ大分の仕事を終えて帰京する際、ホバークラフトの乗り場にある売店で、七味唐辛子を土産に買った。大分は「こつこつ庵」で見たように、カボスの町である。並べられた七味唐辛子を見ると、「カボス七味」があった。さすがに大分である。目を横にずらすと「ゆず七味」もある。ついでにこれも買うか。
自宅に戻って封を切ったのは1ヶ月ほどたった頃だった。まずは大分に敬意を表してカボス七味から味わった。期待したほどの味ではなかった。まあ、ホバークラフトの発着場の売店で買った土産品である。この程度か。
カボス七味が切れると、ゆず七味を開けた。封を切った途端に、ふくよかなゆずの香りが私の鼻孔に飛び込んだ。ん、これは、ひょっとしたら……。漬物に、みそ汁にたっぷり振りかけた。美味い! これまで様々な一味唐辛子、七味唐辛子を使ってきたが、この味に並ぶもものはなかった。これは手放せぬ!
1ヵ月ほどすると、ゆず七味も使い切った。新しくゆず七味を購入しなければならない。なーに、東京という大都会にないものはないのである。どこかで手に入るはずだ。まさかスーパーには置いてないだろうから、百貨店をあたってみた。三越、高島屋、伊勢丹……。ない。どこにもない。だったら、大分県のパイロットショップがあるはずだ。いくつか渡り歩いた。それでも見つからない。あのゆず七味唐辛子がほしいのに、どうして東京で手に入らないんだ?
手に入らないから、とりあえず高級そうなゆず七味をデパートなどで買ってみたが、全く味が違う。大分で買ったゆず七味ほどの味を持つゆず七味はどこにもない!
たかが七味唐辛子である。されど七味唐辛子である。欲しいものが手に入らない。なぜ、何でもあるはずの東京で、あのゆず七味が手に入らないのだ?
とは思うが、手に入らないものは仕方がない。それに、テレビ大分の社外取締役はとうに解任されていたから、あのホバークラフト発着場に行くこともない。1袋600円ほどのゆず七味を買うためにわざわざ飛行機で大分まで飛ぶバカでは、私はない。
いまならインターネットで検索すれば出て来るのかもしれない。しかし当時は、インターネットもそれほど便利なツールではなかった。やむなく、私はあのゆず七味を諦めた。どう考えても手に入れる手立てがないのである。
「いや」
と思いつくまでに、さて何年かかったか。私はあの秀逸なゆず七味を、大分のホバークラフト発着場で買った。だったら、発着場に電話をしてみればいいではないか? そこで買ったゆず七味がたいそう気に入った。東京で手に入れたいが、どこで売っているのか教えてくれないか、と聞けば解決するのではないか?
善は急げである。思いつくやいなや電話をした。
「そちらに出ているお店で買ったゆず七味が大変美味しくて喜んでいます。東京で手に入れたいんですが、どこで売ってますか?」
電話に出てくれた販売店の店員さんは、つれない返事をよこした。
「申しわけありません。このゆず七味は湯布院の本店とこの売店でしか扱っていません。ほかでは手に入りません」
だったら、そちらまで足を運ばなければ手に入らないのですか?
「いえ、湯布院の本店では通信販売をしています。申し込みは電話かファックスだけですが、よろしかったら電話番号を申し上げましょうか?」
こうして、湯布院の本店に直接電話で注文することが始まった。不思議なシステムで、何個注文しても送料は同じである。だからいつも半ダース、1ダース単位の注文になる。
東京では手に入らないとなると貴重品である。だから、ちょっとした贈答品にもなる。私がこの、私好みのゆず七味唐辛子を差し上げた方はかなりの数に上る。
大分の最後に。
ある日何の気なしに大分市の地図を眺めていたら「大道」という地名が見つかった。我が名字が地名になっているのは何となく嬉しいものである。そこで地元の方に
「これ、なんと読むのですか?」
と聞いてみた。
「ああ、これね。『おおみち』と読みます」
残念ながら「だいどう」ではなかった。そう、私の名字は「だいどう」と読むのである。
ま、どうでもいい話ではある。