2024
03.05

私と朝日新聞 電子電波メディア局の4 系列局の経営分析に取り組んだ

らかす日誌

朝日新聞電子電波メディア局のなんとか部長とは、なんと気楽な稼業か、と呆れていらっしゃる方々も多かろう。確かに、ただ役員会議に出席したあとは宴席に連なって酔っていればいい。各局は年に5〜6回役員会を開くから、3つのテレビ国を担当した私は1年間に20回近く出張して各地の酒と料理を堪能したのだから、そう見られても仕方がない。

だが、なんとか部長の仕事はそれだけではなかった。出張すればレポートを書かねばならない。年に1回は担当局の決算報告もまとめなければならない。それを局長様、局次長様がお読みになり、朝日新聞としての各局への対処法をお考えになる、というのが「立て前」である。残念ながら、朝日新聞社が各ローカル局に対して、株主として口を出した歴史があるのかどうか、私は知らないから「立て前」と書いた。お偉い方々のお眼鏡にかなった定年退職者の天下り先としてテレビ局の役員人事に首を突っ込むことを除いて、朝日新聞でローカル局の経営を考えた人がいたのかどうか。

「立て前」であるとは思っても、レポート、決算報告は書かねばならない。でも、何を書いたらいいんだ? 新聞記事なら沢山書いてきたが、こういう社内文書には不慣れである。であれば、とりあえず、これまでどんなレポート、決算報告が書かれてきたのかを学ぶが早かろう。とはいえ、レポートまで目を通すのは面倒だ。これまでのなんとか部長さんたちはどんな決算報告を書いていたのだろう 職場の一角にあるキャビネットから、そんな文書を引きずり出して目を通した。

一言でいう。

「何だ、これは!」

売上が書いてある。その増減率も書いてある。経常利益の額、前年比の比率も記載されている。ほんの少し。増収、減益になった要因も述べられている。それだけである。
しかも、決算報告は1年ごとでしかない。当該年度の売上や利益を比べるのは1年前の数字でしかない。企業経営とは継続である。1年前と比べて増えた、減ったといって一喜一憂していても、何事も分からない。5年、10年の推移を見て、初めて己の企業の問題点が浮かび上がるものである。
つまり、こんな年ごとの決算報告書をキャビネットに並べておいても、ローカルテレビ局の経営が見えて来るはずはない。定年退職者の送り込み先にしか関心がない偉いさんにはそれだけで十分、なのかもしれないが、これで株主の責任を果たしているといえるのか? キャビネットに収まった年ごとの決算報告書は単なるごみでしかない。

「いいんだよ、これで」

という先輩のなんとか部長がいた。政治部から来た人だった。
いや、私、経済部から来たからかもしれませんが、こんな数字の扱い方ではテレビ局の経営実態は何もわからないと思いますよ。私はそう主張した。

そう主張した以上、私は行動を起こさざるをえなかった。というより、私が考える、やるべき仕事を始めた。テレビ朝日系列局24局の経営分析である。

キャビネットをあさり。全24局の決算書を取り出して私の机に積み上げた。さて、どうしてくれよう? ここは大嫌いなマイクロソフトのアプリではあるが、Excelを使うしかなかろう。エクセルに24局10年分のデータを入力する。こうすれば各局の経営の推移が分かるだけでなく、局と局の経営比較も出来る。

その日から私は入力作業に没頭した。損益計算書と貸借対照表のすべての数値が対象である。
損益計算書からは売上高、売上原価、売上総利益、販売費及び一般管理費、営業利益、営業外利益、営業外費用……。入力すべき数値は無限と思われるほどある。
貸借対照表からは流動資産(現預金・受取手形・売掛金・保有有価証券など)、固定資産(土地・建物など)、流動負債(支払手形・買掛金・短期借入金など)、固定負債、資本金……。これも膨大なデータである。

さて、すべての数字の入力が終わるまで何日ほどかかっただろうか? この頃私は自分のMacを会社に持ち込んで使っていた。最初にMacを買ったときはゲームしかしなかったのに、これほど活躍してくれるとは。

入力が終わったら点検しなければならない。数字は間違いやすいものである。しかし、24局10年分の経営データである。1人で損益計算書、貸借対照表のすべての数字とディスプレー上の数値の読み合わせをするのはほぼ不可能である。オフィス内をぐるりと見回す。暇をしているなんとか部長に声をかける。

「ちょっと手伝ってくれない?」

「何してるの?」

「全部のテレビ局の経営データをExcelに打ち込んでいるんだわ。こうしないと経営分析が出来ないから。数字の入力は終わったから、読み合わせをしたいんだ」

誰も手伝ったくれない時は、仕方なく自分で読み合わせた。この読み合わせ作業に、これまた膨大な時間が取られたのはご想像の通りである。

入力したデータは間違いなさそうだ。だが、作業はまだ道半ばである。数字とは漫然と並んでいるだけでは何も語りかけてくれない。これらの数字に何事かを語らせるには数字同士を足したり引いたり、かけたり割ったりしなければならない。売上の前年比は? 営業利益率は? 資本回転率は?
もう4半世紀ほど過去の作業である。どんな経営指標を入力した数値に語らせたのかは定かでない。確か、経営入門などの本を参考に、思いつく限りの経営指標を出したはずである。

入力した数値から経営指標を引き出すには、Excelに計算させる必要がある。これが厄介だった。Excelに計算式を入れて計算させる、などという作業は新聞記者には縁がない。経済記者だったから、Excelを使って計算された結果の数字を使った記事は沢山書いただろう。だが、Excelに計算させるのは取材先の誰かで、私ではない。私はこの作業に入るまで、全くやった経験がなかったのだ。
試行錯誤が続いた。

さて、この経営分析表が完成するまで何ヶ月かかったろうか? 2ヵ月や3ヵ月ではなかったように思う。

やっと出来た。だが、それだけでは猫に小判である。私は経営分析の手法を知らないのだ。この数字から、増減率や回転率、比率から何が読み解けるのか。

「増えてるねえ。減ってるねえ。比率が大きいね、小さいね」

というだけでは経営分析になるはずがないのだ。

私にはあてがあった。野村證券である。親しくなった人がたくさんいた。中にはストラテジストという人もいた。経済動向などを分析し、投資の方針を立てる人である。企業の経営分析が出来ないはずがない。その1人に、私がクリスキットを組み立ててあげた人がいたのである。彼なら、喜んでテレビ局の経営分析をやってくれるはずだ。

「へー、大道さん、これ、あなたが1人でやったの。がんばったね」

彼は協力してくれた。

「ここの資産の増え方は不自然だ。何かおかしな裏でもあるのかも」

「この減り方は異常だね。原因を調べた方がいい」

ふむ、数字を読むとはそういうことか。いわれたことを私はすべてメモにとった。そして、自作の経営分析表と、それを読んだ結果(野村證券の彼に読んでもらった結果)を電子電波メディア局長に提出した。

「へー、これをお前が作ったのか」

いや、ここの仕事は株主として系列テレビ局を監視することだから、これまで誰もこんな分析表を作らなかったことの方が驚きである、とは我が心中の言葉である。あなたたちはいったい何を元に、系列局に物申そうというのか。

私はなんとか部長を1年しかやっていない。この部署を去る時、

「10年分は作った。新しい年度からは、このExcelに毎年の数字を打ち込めばよい」

と引き継ぎをしたのだが、おかしなことに誰もそんな作業をした形跡がない。後任のなんとか部長がサボったこともあるだろうが、そもそも、電子電波メディア局長、局次長が、私のExcel表から何かを読み取って系列局に物申していたら、決算数字を打ち込むように誰かに命じたはずである。
つまり、局長も局次長も、私のExcel表を活用しなかったのに違いない。そして相変わらず、毎年の

「売上が増えました、減りました」

というなんとか部長が書く決算報告書でよしとしたのだろう。

では、私は無駄な仕事をしたのか?
そうではないと思う。株主として真摯に系列テレビ局と向かい合うのなら、素人の私が作った分析表以上のものを手元に備えておかねばならないはずだ。それが経営のイロハではないのか?

朝日新聞とは、良くいえば鷹揚な会社、普通にいえば誰も経営なんて考えない会社であったように思えてならない。