2024
05.05

私と朝日新聞 桐生支局の6 松井ニットのマフラーは桐生で編まれていた!

らかす日誌

「桐生はいかがですか?」

と私に問いかけたのは市役所の広報課長、Yaさんだった。ここは正直な感想を述べねばなるまい。

「いやあ、地方都市が衰退しているとは聞いていたけれど、ここまでとは。商店街はシャッターのオンパレードだし、第一、町を歩いている人がいない。寂しい限りで、この街、いつまで持つんですかね」

私の言い方にややとげがあったのかも知れない。正直な言葉とは、時に相手を傷つけるものである。Yaさんは愛するふるさとをくさされてややムッとしたらしい。やおら机上のパソコンに向かうと、ある画像をディスプレー上に表示した。

「大道さん、こんなマフラー見たことがありますか?」

それが、松井ニット技研のマフラーをはじめて目にした瞬間だった。思わず息を呑むほど美しい色の取り合わせである。こんなに綺麗で魅力的なマフラーは、それまで見たことがなかった。首に巻けば、人生がバラ色になりそうだ。

「これ、桐生で作ってるの?」

「そうですよ。桐生じゃなきゃ作れません、こんなマフラーは。松井ニット技研という会社で編んでいるんです」

「ね、実部を見てみたい。どこに行けば見ることができる?」

「本町4丁目の『さくらや』に行けば置いてあります」

私はその足で「さくらや」に向かった。

「こんにちは。松井ニットのマフラーがあれば見せてもらいたいのですが?」

「えっ、マフラーですか?」

店員さんはけげんな顔をした。ええ、マフラーですとも、といいかけて、ふと気が付いた。そうか、時はもう4月である。マフラーがいらなくなった春なのだ。今どきマフラーを買い求めに来る客はいない。マフラーは倉庫の奥に仕舞い込まれている季節である。

「あ、そうか。もうマフラーの季節じゃありませんよね」

「ええ、でもすぐに出せますから、ちょっとお待ちになって下さい」

親切な店員さんだった。数分待つと、彼女は段ボール箱を持って現れた。

「これが松井ニットのマフラーです」

目を奪われた。度の1本を取っても、7〜8色が縦に組み合わされ、何ともいえないハーモニーを奏でている。多色使いで

「こんな色の合わせ方があるのか!」

と驚くばかりである。華やかだが、決して品格を失わない。今すぐにでも首に巻いてみたくなる素敵なマフラーである。

それまでの私は、身につけるものに関心を持つことが少なかった。服で気に入ったのは、ピエール・カルダンデザインのスーツ程度である。それも、外務省の地下に店を出し、カルダンのスーツを売っていた移動洋服屋さんと親しくなってからは、見立ては全て彼に任せた。

『スーツが足りなく立った。2,3着見立ててよ」

という買い方である。
その私が、ひと目で気に入ったのが松井ニットのマフラーなのだ。

「どれもこれも綺麗ですねえ」

「そうでしょ? すごく人気があるんです」

「ガールフレンドがいたら、この段ボールいっぱい買ってプレゼントしたいなあ」

「あら、いらっしゃらないんですか?」

「私、もう孫がいますからねえ」

私は、この美しいマフラーを記事に書きたくなった。多くの人に、こんな美しいマフラーが桐生で作られていることを知って欲しくなった。

「その、松井ニットという会社は、どこにあるんですか?」

「すぐそこですよ。歩いて4,5分かな。通りを北に登って2つ目の信号を右に曲がるんです。松井ニット技研って表札が出ていますから、すぐにわかりますよ」

こうした私は、松井ニットのマフラーに出会った。松井ニットの記事を書き始めるのは間もなくである。