05.12
私と朝日新聞 桐生支局の13 福島第一尾原子力発電所
暗くなったら寝るしかない日々が続いたのは、福島第一原子力発電所の事故のためである。3.11は日本の原発の安全神話が音をたてて崩れた日でもあった。
「放射性物質が飛来する!」
そんなことが桐生の人々の口に上り始めたのは何日目だったろう? 時がたつにつれて、群馬大学工学部のOB教授が
「桐生も危険だ!」
と言い始めた。騒ぎ立てる市議会議員もいる。さて、新聞記者としてどう対処したらよかろう?
私には放射線については無知であった。一般的に
「危ない!」
と追われていることを知っている程度である。では、放射線は何故危険なのか? 桐生が危険なのかどうか、記事を書くには基本的な科学的知識を仕入れる必要がある。私は書店に向かった。
多くの人が放射線被害に関心を持ったということもあっただろう。数多くの放射線関連の本が並んでいた。どれを選んだらよかろう? 何しろ放射線に関しては専門家の意見も大きく分かれている。原発反対派は微量の放射線も危険だといい、原発賛成派は一定量までなら危険はないという。どちらかに偏した本を読んでは、正しい知識は得られない。
最終的に選んだのは「人は放射線になぜ弱いか 少しの放射線は心配無用」(近藤宗平著、講談社ブルーバックス)である。著者の近藤さんは大阪大学医学部放射線基礎医学教授であるだけではない。京都大学の学生だった頃、京大原爆物理調査班の一員として原爆が投下された直後の広島市に入り、放射性物質で汚染された資料の採取、放射能の測定などを行った。この履歴、現職から判断して、放射線との付き合い方に長じているはずである。いたずらに恐れることなく、いたずらに安全視することもない。
「この人の書いたものなら信用できそうだ」
と考えた。読み終えて、蒙を啓かれた。この本の結論はこうである。
「われわれの身体は少しの放射線にはびくともしない。その理由は、放射線による傷を見事に—それは神の手になるとしかいいようのない絶妙さで—なおしてくれる修復タンパク質を細胞が持っているからである。このタンパク質をつくる遺伝子はすべて先祖からもらったもので、生命を支える遺産である。最近の研究で、次のような驚くべき事がわかり始めた。放射線の傷の修復にはミスが起こるが、p53というタンパク質がそれを見つけて、細胞の自爆装置のスイッチを押して、不良細胞を廃棄処分にしてくれる。したがって、放射線の傷は完璧になおるのである。ところが、この自爆装置は、心配などストレスがたまると、狂いがでて、まともに動かないどころか、良品細胞まで自爆させて病気を重くするようである」
そして、この本の冒頭に、こんな言葉が引いてあった。
ものを怖がらな過ぎたり
怖がり過ぎたりするのはやさしいが
正当に怖がることはなかなかむつかしい
—寺田寅彦
私はこの本に、余程感銘を受けたようである。当時の「らかす日誌」を再読すると、この本の要約までアップしている。多くの人に役立てて欲しいと考えたのに違いない。
すでに福島第一尾原子力発電所から漏れ出した放射性物質についての騒ぎは、汚染水の海洋放出を除けばほぼ落ち着きを見せており、いまどきこの要約を読んでいただいても役には立たないかも知れない。しかし、その後の私の記者としての行動の原点になった本である。数回に分けて、要約した文章をこの知識が役に立つ時代が2度と来ないことを祈りながらコピペさせていただく。長いので数回にわたると思う。なお、私が私なりの解説を加えた文章も混じっているので注意していただきたい。
序章 わが青春と原子放射線
京大理学部物理学科実験核物理教室3回生の1945年8月13日、広島に行く。放射線を浴びたものを集めて研究するためで、翌14日まで爆心近くで活動。様々なものを採取して戻る。このとき拾った電力計の回転板が、収集物の中で最高の放射能を持っていた。この物質を持ち帰ったこの人は、かなりの放射線を浴びたはずである。
(ちなみに私は、机上で論理やデータを弄ぶ人より、自ら身体を張って体験した人の知見を重視する)
1958年に、国連科学委員会(UNSEAR)が「原子放射線の影響」を公表。その後の放射線被害の基本になるが、それが間違いのもとである。
中国には自然の放射線が、普通の地区の3倍というところがある。では、この地区のがん死亡率が高いかというとそうではない。他地区よりわずかに低いのである。
第1章 放射線に対する不安
我々は日々の暮らしで、年間1ミリシーベルトの放射線被曝を受けている。
1986年4月26日に起きたチェルノブイリの原発事故。1988年の調査で、放射性物質に強く汚染された白ロシアで、高血圧・糖尿病・虚血性心臓病・潰瘍・慢性気管支炎がそれまでの2.4倍発生したとされた。また、先天性異常が1.2倍に増えたと報告された。
しかし、これは原発事故後の調査ということで、健康調査の精度が格段に向上した結果、見かけの上で病気が増えた可能性がある。
胸部関節X線写真を撮ると、皮膚で2ミリシーベルト、骨髄は0.3ミリシーベルトの被曝をする。
CTだと、皮膚で10ミリシーベルト、骨髄で2ミリシーベルトの被曝をする。
(なお、文藝春秋、近藤誠さんの記事によると、最近は「造影CT」といって、一度撮影したあとに造影剤を静脈注射しながら再撮影することが行われるとのこと。この際は最低20ミリシーベルトの被曝になる。 腹部・骨盤CTでは最低20ミリシーベルト、再撮影すれば40ミリシーベルト、さらに首から骨盤までの「全身CT」をすれば60ミリシーベルトを超える。つまり何度もCTを撮っていると、放射線被曝の危険度の目安とされる100ミリシーベルトはすぐに超してしまう)