2024
05.15

私と朝日新聞 桐生支局の16 放射線と発がん

らかす日誌

第4章 低線量の危険と発がん機構

一番気になる放射線被曝と発がんとの関係である。放射線に曝されれば曝されるほどがんになる危険が増すという専門家もいるが、著者は違うという。
著者の考え方の基本にあるのは、前々回掲載した被曝と遺伝の関連を調べた表である。この表は原爆で放射線を浴びた人と浴びていない人を比べたもので、「対照」というのが浴びていない人、「被曝」というのが浴びた人のその後である。確かに、遺伝性のがんについては差がない
念の為に、この表を再掲しておく。

異常頻度(異常体個数/調査個体数)
調査した遺伝的異常 対象 被爆 親の被曝量
周産期異常 4.99 5 36
早期死亡 7.35 7.08 40
平衡型染色体再配列 0.31 0.22 60
性染色体異常 0.3 0.23 60
突然変異 100万分の6.4 4.5 41
遺伝性ガン 0.05 0.05 43

がんは、がんを起こす因子が細胞に突然変異を起こすことで始まる。そこにがん化促進作用を持つ物質が働きかけ、がん化した細胞に増殖(分裂)の刺激を与え続けるため、やがてガンが発症すると考えられる。この促進作用を持つ物質の投与をやめると、細胞は元に戻るからである。促進物質を与え続けると、突然変異を起こした細胞の中から増殖力の強い細胞が現れ、促進物質がなくても増えるようになってがんが発生する。

がんを抑える遺伝子のひとつにp53遺伝子がある。細胞ががんになるには、複数のがん遺伝子とがん抑制遺伝子の変化が必要らしい。p53遺伝子は、悪性腫瘍(がん)の中で、最も高頻度に異常が発見されている。逆に言えば、p53遺伝子が異常になるとがんになるといえるのかも知れない。

現実に、このp53遺伝子を肺がん患者の患部に入れたところ、患者9人のうち3人の肺がんの進行が止まったという報告がある。

自然発生でDNAの不良品ができると、身体はまず修繕にとりかかる。修繕しても傷がなおらない細胞は、アポトーシスで丸ごと殺してしまい、正常な細胞と取り替える。
このような作用が人の身体に備わっているため、人の場合、受精卵の50%は自然流産死する。この場合、ほとんどのケースで染色体異常が見つかる。

では放射線はどのような影響を及ぼすのか? 人では実験ができないので、マウスを使う。

人体細胞は正常なp53遺伝子を一対持っている。これをp53(+/+)と表そう。このうちの1つが機能を失なったものをp53(+/-)と表し、2つともに突然変異が起きたものをp53(-/-)と書く。

そこで、p53(+/+)のマウスに、妊娠9.5日でX線を200ラド=2シーベルト照射した。すると、胎児の60%が死に、20%が正常で産まれ、20%が奇形で産まれた。
と書くと、やっぱり放射線は危険だとなりかねないが、注意しなければならないのは、奇形頻度20%というのは、X線を照射しない場合の奇形頻度と同じだということである。

次に、p53(-/-)のマウスに、同じようにX線を照射した。すると、死んだ胎児は10%だけだったが、20%が正常で産まれ、何と70%に奇形が発生した。

つまり、p53(+/+)はアポトーシスが正常に働いて、異常が起きた胎児が死んだのに対し、p53(-/-)ではアポトーシスがうまく働かず、不良細胞が生き残って奇形が大量に発生したわけだ。

どうでもいい話だが、人間の胎児もある段階までは尻尾がある。でも、ある段階まで来ると、これは人間には必要ない組織であると判断され、アポトーシスが働いて自爆装置のスイッチが入り、尻尾の細胞は消え去る。放射線を受けて傷ができた細胞がアポトーシスで廃棄処分されるのも全く同じ働きである。

しかし、人間の身体とは不思議で、アポトーシスは細胞のほとんどが元気でも働く。細胞としては生命力があるのに、DNAの傷を見つけると働いてしまう。自分の健康、子孫の健康を保証するために細胞が自分を犠牲にする。

放射線とがんの関係をマウスで調べた。

マウスの背中の皮膚の一定部分に、1日おきに放射線をがんが発生するまで照射した。この実験だと、週300ラド=3シーベルトだと、100%がんが発生した。しかし、150ラド=1.5シーベルトでは全くがんの発生が見られなかった。

マウスに放射能をもった水を飲ませ続けた。その放射線量が年間30ラド=300㍉シーベルトまでなら、リンパ腫の発生はなかった。200ラド=2シーベルトを超えると腫瘍ができた。

ラットに放射性物質であるラドンを吸わせた。ラドンの濃度が0.4ラド/時=4㍉シーベルト/時を4ヶ月吸わせると、肺がんが有意に増えたが、その40分の1=0.1㍉シーベルト=100マイクロシーベルトを1年半吸わせても、ラドンを吸わない場合と変わらなかった。

これらの実験結果から、総被曝線量(放射能を浴びた総量)が20ラド=200㍉シーベルトまでなら、がん発生の危険はゼロと見てよい、と著者はいう。

また、皮膚の場合は毎週150ラド=1.5シーベルトでも発がんは起きていないそうだ。

第5章 生物の進化と環境への適応

この章は、30数億年前に地球上に誕生した生物がどのように進化してきたかをまとめたものである。だから、放射線と関係するところはそれほど多くない。面白いところだけ抜き書く。

環境にある危険物の中で、最も毒性が強いのは酸素である。酸化するとは、錆びることだ。金属だけでなく、人間の身体を作っているものを酸化する。酸化すると、必要な働きができなくなる。

「活性酸素が細胞を老化させる」

という。だから抗酸化作用のあるものを取り入れなければならないといわれる。

酸素がなければ生きものは生きていけない。呼吸で酸素を取り入れるから我々は生きている。でも、その酸素が、一方では毒。生きものとは不思議である。
だから生きものは、酸素の毒を防ぐための様々な酵素を持っている。また、抗酸化作用があるビタミンE、カロチン、セレニウム、ビタミンC、尿酸などがサプリメントになっている。

もうひとつの脅威は紫外線だ。ところが、紫外線はビタミンDをつくるためにはなくてはならない。太陽に当らないとビタミンDが不足して骨が弱くなる。 生きものとは微妙なバランスの上で生きている。

人の祖先は森林から平原に出て、大量の紫外線を浴びるようになった。それに耐えた先祖だけが生き残ったおかげで我々がいる。生き残った先祖は、紫外線の毒を防ぐ機能を持ったから生き残ることができた。その能力は子孫である我々に受け継がれている。

話は変わりるが、鼠を使った実験では、好きなだけ餌を与えた個体に比べ、腹7分目以下の餌を与えた個体は、寿命が延びるだけでなく、がんにもその他の老化の病気にもかかりにくくなる。

微量の放射線は、生物に対し害を与えないで、生命の活動を刺激する場合が少なくないことが知られているという。放射線がホルモンのような働きをするという意味で、この現象をホルミシス効果、といいう。

マウスにガンマ線やX線をわずかに照射すると、しばらくの間細胞の放射線に対する抵抗力が増加する。

微量に被曝したマウスや金魚は、その後大量被曝すると、普通のマウスや金魚より生存率が上がる。

人の血液でも同じ現象が起きる。

放射線のホルミシス効果は、「生物の環境適応力」が放射線の刺激で上昇するため、と考えられている。著者はこう書いている。

「30数億年におよぶ進化の過程で、生物は多種多様な環境の危険に出会った。環境の激変で、生物種は、進化の途中で大半が死滅した。しかしまれには、危険を防御する機能と、新環境で生存する能力を獲得した生物が出現した。このような事件の繰り返しによって、生物の環境適応能力がだんだん向上して現在に及んでいる」

リンパ球系の悪性腫瘍患者に、10ラド=100㍉シーベルト程度の全身照射を週に2、3回ずつ数週間行う。そのあとでがん部位に放射線を大量照射すると、治癒効果が上昇する。