2024
05.31

私と朝日新聞 桐生支局の32 記者クラブの話、の4 記者クラブ主催の花見をしようではないか!

らかす日誌

桐生市役所の隣に市民文化会館がある。地上4階、地下1階の建物で、何となくUFOを思わせる奇抜で未来的なデザインである。古い建物が多い桐生市には馴染まないような気もするが、今回はその話ではない。

この市民文化会館の敷地には、市役所と接する側に数本の桜の木がある。時期になると、この桜がみごとに咲きそろう。それを見て、

「記者クラブ主催で花見の宴を開こうか」

と思いついたのである。開花した桜の妖気に捕らわれたのかも知れない。
どこかからプロパンのコンロを借りてきて、私がパエリアを作ってもいい。ほかに数種の料理を用意し、記者クラブだけでなく、市長をはじめ、市の主だった職員にも声をかける。あのみごとな桜のもとで開く宴会は楽しかろう。費用は、これも記者クラブ費で賄う。お金とはためておいても何の役にも立たない。使って初めて経済を活性化するのである。

と思いついた私には、記者クラブ主催で花見の宴を開いた経験があった。証券担当記者が集う兜町の記者クラブ時代のことである。
当時、朝日新聞の証券担当キャップだったMoさんが、

「大道君、記者クラブで花見をやろうよ。4月の幹事社は読売新聞だから、俺が話してくる」

と言い出した。Moキャップはしばらくすると、怒りながら戻ってきた。

「ダメだよ、読売の連中。面倒くさがってやりたがらないんだ」

しばらく考えていたMoキャップは意を決したらしい。

「大道君、朝日は3月の幹事社だ。だったら幹事最終日の3月31日に俺たちでやらないか?」

いや、そうはおっしゃいますが、3月31日に桜が開花していればいいですけどね。ちょっと早いのでは?

「いいよ、蕾でも。花見の宴を開くのが狙いだから。で、大道君、靖国神社に行って、3月31日に場所が取れるかどうか調べてきてよ」

という次第で、私は奔走させられた。弁当の手配、カラオケマシンのリース……。準備は整った。

ところが、当日。

「あー、大道君、こりゃあすごい降りだね」

「ほんと、すごい雨ですよ。これ、昼前に上がったとしても、靖国神社で宴会をやるなんて無理ですわ」

「そうだな」

「やめますか? 食いものを始め、用意したものは全て無駄になりますけど、できないですよねえ、もったいないけど」

「そうだよなあ」

しばらく考え込んでいたMoキャップが突然いった。

「いや、大道君、やろう。今日実行しよう!」

「だって、雨が……」

「だから、ここでやるんだよ。記者クラブで」

「えっ?」

「俺が桜の枝を買ってくる。それをクラブ室のどこかに飾っておけば立派な花見になるじゃないか? やるぞ!!」

Moキャップは日比谷高校—東大文1の大秀才である。正直な話、彼の仕事で感心したことはないが、こういうところで私のような凡人には思いつかないアイデアを出す。流石である。

はこうして雨天の中、兜町記者クラブの大花見会が催された。参加したのはクラブ員だけではない。東京証券取引所理事長(確か、大蔵省からの天下りだった)をはじめとした取引所の職員たち、大手証券会社の役員、広報部員……。総勢では100人を遙かに超えていた。それがすでに花をつけた桜の枝(高さ30㎝ほどだったが)を愛で、思いのままに酒を飲み、私たちが用意した食料を胃に運ぶ。そうそう、カラオケの部屋もあった。東京証券取引所の記者クラブはかなり広かったが、この日は酔っ払いのたまり場になった。

そんな楽しい想い出があったから、桐生市役所の隣でみごとに咲き誇った桜を見て

「記者クラブ主催の花見の宴を開こう!」

と思い立ったのだ。

「どう、やらない?」

と桐生市役所の広報課員に話を持ちかけた。記者クラブのみんなと市長以下の市の主だった人たち、そうだな、市議さんたちにも声をかけようか?」

広報課員はいった。

「いいですね、それ。楽しそうです」

彼の話がそこで終わっていたら実行に移したはずである。彼の口はそこでは止まらなかった。

「でも、この季節、野外で夜に宴会をやるとなると、ダウンジャケットが必要になります。冷えるんですよ。それでもやりますか?」

えっ、ダウンジャケットをまとっての夜の屋外の宴会? それじゃあ、冷えたビールなんか飲む気になれないじゃないか!
私は東京と桐生の気候の差を忘れていたのである。東京なら、桜が満開になる季節の屋外は気持ちがいい。やや肌寒いが、なーに、酒を飲めば体内から温まる。
ところが桐生の同じ季節は、陽が落ちると急速に気温が下がる。ダウンジャケットがほしくなる。

「そうか、ダウンジャケットが必要な屋外の宴会ってないよね」

こうして私は、記者クラブ主催の花見の宴を諦めたのであった。