2024
06.06

私と朝日新聞 桐生支局の38 私、引っかかってしましました……

らかす日誌

記者が取材先に騙されて記事を書いてしまうという珍事が起きた。騙されたのは私である。いや、私だけでなく、市の職員も国も引っかかった。
まず、その記事をご紹介しよう。なお、登場人物は匿名とする。

桐生 丸ごと遊び場
情報端末持ち市内散策⇒目的地でゲーム・クイズ
市出身のクリエーター企画

桐生の町を、スマートフォンなどの情報端末を使ったゲームで盛り上げる試みが始まる。国の地方創生関連の予算がつき、同市出身のゲームクリエーターToさんが仕掛ける。すでに仲間と数人で作業を始めており、間もなく運営会社を設立する。夏の桐生八木節まつりで本格的にデビューする予定だ。
「エンタメきりゅう」(仮称)と称し、スマホやタブレットなどの端末のGPS(全地球測位システム)とブルートゥース(近距離無線通信)を使いながら市内を移動し、様々なゲームをする仕組みだ。
参加者は自分の端末にゲームができるように専門のアプリケーションをインストールする。端末には町の地図が現れ、特定の場所にいくように指示される。たどり着いた場所にはブルートゥースの発信器が設置されており、参加者の端末と自動的に通信する。
その場所で端末を見ると、クイズが出たり、ゲームができたりする。クイズをクリアするなどして次の目的地へ向かうと、そこでもまた違った仕掛けが出てくる。
通りかかった場所の故事来歴や、店の宣伝などを文章や写真、動画で表示させることもできる。それぞれの目的地でポイントを獲得し、たまったポイントを景品などと交換できるようにするアイデアもあるという。こうした取り組みで町の魅力を発信し、誘客につなげたい考えだ。
計画では、八木節まつりまでに500地点にブルートゥース発信器を設置し、秋までには英語や中国語でも楽しめるようにして外国人観光客の誘致も目指す。将来は市全域に設置し、市全体をテーマパークにする計画もある。その発信器は、車の自動運転の可能性も開くとされている。
新しくできる運営会社は、この仕組みを使って収益をあげることを目指し、桐生で成功させて全国に普及させる計画だ。
Toさんは大学生の時、360度のパノラマ映像技術をホームページに取り入れる技術などで起業を図り、卒業後はソーシャル・ネットワーキング・サービスの「ミクシィ」などで活躍した。
その後、大阪市大の大学院に入り、在学中にゲームクリエーターとして起業。開発したゲームは世界最大のゲーム開発者会議であるGDC(本部・サンフランシスコ)モバイル&タブレット部門に、アジアで唯一入選した。今回、桐生で始めるGPSを使った仕掛けの元になったゲームだという。
今回の試みについてToさんは「ふるさと桐生を何とかしたいと思って帰郷し、企画した。必ず桐生を盛り上げる」と話している。

「ポケモン GO」の桐生版を作るという話で、一見、何の変哲もない街の話題である。「ポケモン GO」が人々の関心を集めていた時代だ。それで町おこしができるのなら、結構な話ではないか。
あえて付け加えれば、私の特ダネだった。そして上手い原稿ではない。コンピューターを使ったゲーム、ゲーム業界、その動向に全く不案内な私が書けば、この程度の原稿にしかならないのである。

では、どこが問題なのか。このToは国から8000万円の補助金を受け取り、しかも「エンタメきりゅう」は一度も実行されなかったのである。公金の詐欺、とでもいえようか。

私の特ダネだったと書いた。だから、私はこのToに会って取材をした。何カ所か

「ホントかよ?」

というところがあった。Toは「360度のパノラマ映像技術をホームページに取り入れる技術」を本当に自力で作り上げたのか? GDCで入選を果たしたのか? そもそもGDCってそんなに権威のある組織なのか? 「ミクシィ」で活躍したのなら、ミクシィ」で偉いさんになる道もあっただろうに、なぜリスクをともなう起業の道を選んだのか? そうそう、中国最大の検索エンジンを運営する百度(バイドゥ)でも働いたといっていた。
起業したり、勤めたり、会社を変わったり。あんた、ねぐら定めぬ渡り鳥なのか?

裏付けを取る努力はした。インターネット時代である。googleで検索すれば、かなりのことは分かる。GDCは確かに存在した。そこでアジア人初の入選を果たしたのも事実らしい。しかし、GDCって何? ゲームの世界でそんなに権威があるの? となると、私の検索技術では追い付かない。「ミクシィ」で活躍したというのも裏付けが取りにくい話である。
この辺りで私は、記事の裏付けを取る努力を停止した。国が金を出したのである。市が後押ししているのである。いずれも公の機関だ。金を出し、後押しをするにはそれなりの調査をしたはずである。
こうして、私は記事を書いた。

後に聞くと「エンタメきりゅう」は一度も実行されなかった。とんでもないヤツである。そういえば、京都からやって来て途中までToを手伝っていた人物が、突然京都に帰っていった。いま考えれば、To見切りをつけたのだろう

だが、設備は残ったはずである。当初計画では、ブルートゥースの発信器を500カ所に取り付けるはずだったではないか。ゲームには使われることがなかったとしても、残った設備を活用して桐生のIT化を図る道だってあるだろう。

「ところが大道さん」

といったのは、市の担当者である。

「それが100個ほどしか設置されていないのです。しかも、全部電池駆動です。Toが設置する家屋の方々にコンセントからの給電をお願いする手間を省いたんです。交流電源を使っているのならまだ使いようもありますが、電池だと頻繁に取り換えなければなりません。誰がそんなことをしますか?」

こうして、8000万円の公金が消え去ったのである。そして私は、その片棒を担いだことになった。

この話にはもう1つ、いやな出来事が付随する。
Toを市役所に紹介したのは、桐生市内に住むとある人物である。それが実を結び、国から8000万円の補助金が出ることが決まると、この人物はおかしな行動に出た。市の担当者に

「この事業のためにできる会社に〇〇を入れよ」

と要求したのである。〇〇に恩でも売るつもりだったか。これは形を変えた口利き料の請求だといってもいい。
それは、私が知る人物だった。酒を飲んだこともある。だが、この一事以来、私は彼と会う気が失せた。利権あさりはほどほどにしろ!

私が朝日新聞を離れる直前の話である。「エンタメきりゅう」が実行されないことが確定した時、私はすでに朝日新聞記者ではなく、公金詐欺を記事にすることはなかった。ほかの新聞でも記事にはならなかったようである。しっかりしろよ、記者諸君!

私をペテンにかけたToは、いま、どこで,どんな人生を送っているのだろう?