2024
06.13

白板症という病名を初めて知った

らかす日誌

1ヶ月半から2ヶ月ほど前から、なんだか喉の内側が腫れているような感じがあった。いずれ治るだろうと2週間ほど放っておいたが、一向に治まらない。

「何だ、これは? ひょっとして喉の辺りにがんでもできたか?」

なにしろ、前立腺がんを体験したのである。あの時はあれこれ調べ、転移はないということで一件落着した。だが、がん細胞のかけらが残っていて、わが身の隙をみとって喉に張り付いたか?
こんな時、考えは悪い方向に向かうのが一般である。

思い立って耳鼻以降かを受診した。鼻の穴からファイバースコープを突っ込まれ、喉の奥を調べられたのは5月13日だった。声帯の辺りを見ている。

「どうですか?」

と聞く私に、

「紹介状を書くので大きな病院に行ってください」

と医者はいった。おいおい、その言い方はがん? ま、喉の辺りにできたがんなら光免疫療法で完治する。確か、喉周辺のがんには保険も適用されるはずだ。「がんの消滅」(芹澤健介著、新潮新書)で仕入れた知識があったから、焦りは全くなかった。私の乱読もそれなりに役に立つ。

がん、は私の想像である。ひょっとしたら違う病かも知れない。ところが、この町医者はそれ以上何もいわない。ただ

「大きな病院へ」

というだけである。そのくせ、3410円もふんだくった。鼻の穴からファイバースコープを突っ込み、短行の紹介状を書いて3410円? 治療しなくても自然治癒する程度の病への処方箋を書いていれば済み、高額所得者となる。開業医とは気楽な仕事ではないか?

その医者の指示に従って足利日赤に行ったのは5月15日のことだ。若くて可愛らしい29歳の男性医師だった。ふと思いついて

「大学、どこ?」

と聞くと、

「慶応です」

そうか、足利日赤は慶応大学医学部が取り仕切る病院であったか。
ここでも鼻からファイバースコープを差し込まれた。不快ではあるが、我慢できないほどはない。

「ああ、左側の声帯が白くなっていますね。これです」

ディスプレーの画像を見せられた。なるほど、表面が白くなっている。

「このままで『エー』といってくれますか?」

言った。

「次は『イー』といって下さい」

言った。そして聞いた。

「先生、これ、がんですかね」

「組織を採って培養してみなければ正確なことはわかりませんが、がんの確率は低いと思います。声帯にがんができると、声帯が硬くなるんですが、あなたの場合は固くなってはいませんので」

ということは、私に「エー」とか「イー」とか言わせたのは、声帯の柔軟度を見るためであったか。

「そうですか。がんだったら光免疫療法で治療しようと思っていたんですよ」

「いや、万が一がんだとしても、そんな大げさな治療は必要ありません。この程度なら、鼻から器具を差し込んで患部を焼けば大丈夫ですから」

ほう、そういうものなのか。

「それでこれからですが、2つの選択肢があります。いま、この場で組織を採って培養する。これが1案です。もう1つは、声帯の炎症を治療する薬を使って様子を見ることです」

私、このように論理的に、明解に語る人は好みである。話していて心地よい。

「その、組織を採るのはどうやるんですか?」

「まず、患部に麻酔をかけます。そうしないと、オエッという反応が出ますから。で、麻酔が効いた頃合いを見て組織を採ります」

うむ、さて、どうしたものだろう? 寸時考えた。

「その、薬で炎症が治まる可能性もあるんですね」

「はい」

「であれば、とりあえず様子を見ます。組織培養まで進むのは、その後にしたいと思います」

これが1回目の診察たっだ。
それから28日間、朝食後、夕食後に吸引薬を吸い込み続けた。クーッと吸い込んで数秒息を止める。それからうがいをする。そんな手順である。そして、今日が2回目の診察となった。

「どうですか? 少しは変わりましたか?」

「いえ、あまり変わりはないようなんですが」

「じゃあ、前回と同じように見せて頂きましょう」

鼻の穴からファイバースコープが差し込まれる。

「ああ、そうですね。あまり変わっていないようですね」

「であれば、やっぱり組織を採ってみるしかありませんか?」

「そう思います。それで、前回御説明するのを忘れていましたが、実は組織を採った後、1週間は声を出してはいけません。声を出すと声帯が動いて傷が治りません。囁き声もだめです。今日採りますか?」

うっ。1週間声を出すなと? いや、そんな暮らしができるだろうか。多くはないが、電話がかかってくることだってある。声を出さねば応答が出来ないではないか。それに、来週月曜日には取材も入っている。

「あのー、実は私、元新聞記者でして、その延長でいまでも取材をして原稿を書いているんです。来週月曜日には取材の予定が入っています。声を出さずに取材は出来ません。そこでなんですが、これは一刻も早く組織を培養しなければ危ないという病なのでしょうか? それとも、しばらく時間をおいてもかまわないという病なおでしょうか?」

「いや、一刻を争うと言うことはないと思います」

「であれば、1週間完黙するにはそれなりの準備が必要です。だから、あと4週間、薬による治療をして、それで様子が変わらなければ次回に組織を採ってもらうということでいいですか?」

「それで大丈夫です」

「であれば、先生、声帯の炎症にもっと効く薬はありませんかね。前回処方してもらった吸入薬は本当に声帯まで届いているのかどうか、使っていて全く分からない。もう少し効く薬はありませんか?」

「飲み薬もあるのですが、これはあまり……。分かりました。吸入薬と飲み薬を出します」

「それで先生、私の声帯、どんな病なんですかね?」

「正確なことは組織培養を待つしかありませんが、いまのところ『ハクバンショウ』だろうと思っています」

「ハクバンショウ?」

白板症、と書きます。放っておけば、あまり確率は高くはありませんががんになることもある、という病気です」

白板症。初めて聞く病気である。

「そうすると、組織を採って培養して、その白板症であると確定したら、損も後で治療をするのですか? 患部を焼いたり」

「いえ、組織を採る時は、白くなっているところを全て取ります。だから、白板症だったら、組織を採ることが同時に治療でもあるので、それ以上の治療はありません」

こうして私は今日、足利日赤から戻ってきた。

白板症。自宅で検索してみた。こんな記述が見つかった。

「白板症は、舌や歯肉、頬粘膜などによくみられる白斑状のざらざらした病変で、この病変の約3~14.5%は、将来がん化するといわれています。 こうした前がん病変(細胞が現状ではがんとはいえないが、将来がんに進行する確率が高い状態)としては、紅色(赤色)のつるっとした病変が特徴の紅斑症(紅色肥厚症)もあります」

担当医の話とこの説明を合わせれば、それほど気に病むことでもなさそうである。

しかし、だ。後期高齢者になると体に様々な異変が起きるようである。生きている限り、私の体に起きる異変をつぶさにレポートし、これから後期高齢者の仲間入りされる方々の役に立てばいい、と思いながら原稿を書いている私である。