2024
10.24

我が家に救急車が来た

らかす日誌

本日、我が家に救急車が横付けした。119にダイヤルして呼んだのは妻女殿である。といっても、救急車で搬送されるのは私ではない。妻女殿である。

「?」

と首をかしげられた? よろしい。御説明しよう。

救急車呼んだから」

パソコンに向かっている私に、突然妻女殿の声が聞こえた。ダイニングにいるらしい。午後1時半頃の話である。でも、救急車? 何のために?

「なんで救急車なんかを呼んだんだよ?」

「だって、動悸がして止まらないから。心臓の手術をした前橋日赤に電話をしたら救急でいらっしゃいっていうから」

「前橋日赤と話がついているのなら、俺の車で行けばいいじゃないか」

「だって、玄関の階段が怖いから」

「いつも俺が付き添っているだろう」

「……」

妻女殿は再入院を覚悟したのか、すでに荷物はまとめてある。

「俺が車で連れて行けばいいことだろう。救急車なんか使うなよ。断れ」

「じゃあ、断って」

やむなく私が119に電話をした。

「先ほど電話をした大道ですが、病院行きはこちらで出来ますので、救急車はキャンセルして下さい」

「あ、もうそろそろつくころですから、そちらで話してみて下さい」

確かに、1分もしないうちにサイレンが聞こえてきた。我が家に横付けして救急隊員が降りてきた。

「いや、あの、こちらで出来ますから、引き返していただこうかと電話したばかりなんですが」

これほど夫婦の意見が異なる夫婦も珍しいのかも知れない。不思議そうな顔をした隊員は、それでも救急搬送の準備を始めた。

「心臓の手術をしたばかりだと聞いていますので、念のために」

と、何やら器具を取り出して心拍数、血圧、体温などを測る。

「いや、やっぱり念のためですが、救急車で運んだ方がいいと思います」

そうですか。

「それで旦那さんも同乗されますか?」

いや、私が救急車に同乗したのでは、帰りの足がない。私の車でついていきます。

「そうですか。我々も安全運転で行きますので、それじゃあ、ついてきて下さい」

こうして私は、サイレンを鳴らして走る救急車を追うことになった。

最初の信号に差し掛かった。信号は青である。それなのに、2台の車が横断歩道の前で止まっている。対向車線でも、やはり数台の車が信号の向こう側で待っている。

「不思議な光景だな。信号は青なのに、どうして止まっているの?」

と瞬時いぶかった。すぐに認識を訂正した。そうか、これらの車は救急車を通すために止まっているのだ。私の前を走る救急車は反対車線に出て新語を通り過ぎた。私は救急車についていくものである。何の疑いもなく、私も反対車線に出て信号を通り過ぎた。

再び不思議なことが起きた。前を行く救急車が急に止まったのである。そればかりが、隊員が1人降りてくる。俺に何の用だ?

「旦那さん、こちらは救急車ですが、あなたの車は一般車です。信号は守っていただかないと」

?? だったら、どうやってあんたの車について行くんだ?

やむなく、次の信号から赤は止まれ、青は進め、を守った。救急車はたちまち見えなくなった。おいおい、俺を置いてどこへ行く……。あ、前橋日赤じゃ。だったら、俺も前橋日赤まで、交通ルールを守りながら行くしかないか。

前橋日赤に着き、救急の受付に足を運んだ。

「大道ですが、先ほど妻が運び込まれたんですが」

「ああ、大道さんですね。はい、いま検査中ですからそちらでお待ち下さい。1時間ほどで結果が出ると思いますので」

ガランとした救急の待合室で、私は待った。かようなこともあろうかと持参した「大日本帝国の興亡」第3巻を読みながら待った。

医者に呼ばれたのは1時間半ほど待ってからである。さて、妻女殿は再入院となるのか、それともとりあえず帰宅できるのか。

「血液検査でも異常は見られません。心臓手術の直後ですので心臓の動きも調べましたが、正常に動いています。強いて言えば貧血気味ですが、まあ、これもそうひどくはありません。今日はお帰りなって結構です」

「でも本人は脈拍が異常に増えて、だから自分で救急車を呼んでこちらに来たのですが、だったら、なんでそんなことが起きたんでしょうね?」

「それは分かりません」

「だったら、こんなことがもう回起きたら、どうしたらいいのですか?」

「その際は、担当の医師に電話をしてその指示に従って下さい」

救急車を呼ぶ大騒ぎをして、結果は何ともあっけなかった。今日の午後がまるまるつぶれた騒ぎはいったい何だったのだろう?

前橋日赤を出たのは5時を過ぎていた。騒ぎで夕食の支度は何もしていない。やむなく、最近お気に入りの桐生の焼き肉屋へ2人で行った。妻女殿の歩行に欠かせない押し車は持って来なかったから、仕方なく、私が支えて歩かせ、店に入った。

「わあ、私、外食するの、久しぶり!」

それはそうだ。

「そばを食いに行こう」

「鰻はどうだ」

と誘っても何かと理由を見つけて家に閉じこもっているのが妻女殿なのだ。

退院した19日、

「外で飯食って快気祝いでもするか」

と持ちかけても、

「行かない」

だから、自ら招いた「久しぶり」なのである。
それでも、食が細くていつも私に叱られている妻女殿にしては、7,8片の焼き肉を食べていた。久しぶりの外食に心が躍ったのか、それとも少しは

「食べなくちゃ」

という気になったのだろうか? そうであればいいのだが、と思う私であった。