10.27
我が家のポルターガイスト
半年ほど前、我が家で異変が起きた。電源も入れていない我が家のオーディオシステムのスピーカーが突然話し始めたのだ。ザーッという雑音とともに、何だか数人の話し声がする。何を言っているのかはボソボソ声で聴きとれない。だが、人と人との会話であることは間違いない。これはポルターガイストか?
我が家に超常現象? 身構えた。だが、私は科学の申し子である。科学も宗教の1つであるという指摘もあるが、科学だけが真実を解き明かせると信じる私は揺るがない。その私の周りでポルターガイスト? ありえない!
冷静に考えた。スピーカーから音が出るというのはボイスコイルが動くからである。この場合、アンプには電源が入っていないから、アンプから信号がスピーカーに流れているはずはない。では、何者がボイスコイルを動かしているのか?
科学の申し子である私も、個別の科学知識となるとトンと弱い。なんだろう? と考えているうちに忘れてしまった。
それからしばらくしてのことである。今度は音楽再生中の我がオーディオシステムからブーッというハムのような音が聞こえ始めた。ん? ハムがないことで有名なクリスキットからハムが出る? クリスキットの産みの親、谷英哉さんはハムを徹底的に排除した回路を設計したのではなかったか?
では、壊れたのか? どこかの部品が寿命を迎えてしまったからハムが出るのか?
不思議なことに、しばらくするとハムのような音が消えた。そんな現象が数日続いた。おいおい、私のオーディオはどうなっちゃったんだ?
科学の申し子は合理的な説明を求める。いろいろ考えてみた。思いついたのは、隣家が高いアンテナを上げていることである。あれは無線通信用のアンテナであろう。だとすると、あのアンテナから出る電波が悪さをしているのではないか? 最初に聞こえた人の話し声は、無線を通じて会話している声が飛び移ってきたのではないか?
なるほど、合理的な説明ともいえる。だが、電波にはスピーカーのボイスコイルを動かす力があるのか? 隣家のオーディオシステムからハムのような音を出す電波があるのか?
このあたりになると、私は知識不足である。知識がありそうな知人に尋ねてみたが
「さあ、あるんじゃないでしょうかね」
と何ともあてにならない返答しか戻ってこない。
明確な証拠もないのに、高いアンテナを建てている隣家に怒鳴り込むわけにも行かない。さて、どうしたものだろう? そうだ、確か電波監理局というのがあったな。そこに相談してみるか。そうしたら、明確な回答が得られるのではないか。隣家が発する電波が犯人である可能性がある場合、証拠の残し方や、犯人を抹殺する手法も教えてくれるかも知れない。
とまでは考えた。考えはしたが、実行はしなかった。ステレオからハム音が出るのは夜なのである。それを耳にしながら
「あ、今日も電波監理局に電話をするのを忘れたな」
といいう日々が続いた。後期高齢者はまだらにしか記憶を呼び覚ませないのだ。
そんなある日、その隣家の奥様が庭でパイプ喫煙中の私のところにおいでになった。これまであまり話を交わしたことがない方である。何の用だろう?
「先日はありがとうございました」
そう言いながら彼女は、私にブドウを差し出した。えっ、何これ?
「あのー、お願いした枝を切っていただいて助かりました」
ああ、そうか。我が家の周囲に植えてある木の枝が、手入れをしないものだから隣家にまで伸びていた。
「あの枝を切っていただけませんか? あの場所に車用の屋根を作るものですから」
といわれ、涼しくなるのを待って枝を切り払ったことがあった。どうやら、その礼に来たらしい。
「いやあ、当然のことですから、礼を言われるなんて」
と遠慮したのだが、押しつけられた。
押しつけられながら、ふと我が家のポルターガイスト現象を思い出して彼女に話した。
「実はこんなことが起きていまして、お宅の無線が原因ではないかと思い、電波監理局に相談してみようかと思っているのですが」
この「電波監理局」が効いたのかも知れない。隣家のご主人が我が家を訪ねてこられたのは昨日のことである。玄関のドアを開けると
「申しわけありません。ご迷惑をかけているようで」
と下手に出られれば、こちらも鬼ではない。
「いや、はっきりした原因は分からないのですが、お宅の無線通信が原因ではないかと想像しているだけでして」
「そういうことが起きるのです。電波がスピーカーコードに作用してハムのような音を出すことがあるんです。でも、スピーカーコードに対策を施すことが出来ます。その対策をやらせてもらってよろしいでしょうか?」
はいはい、それで不快な音が私のオーディオシステムから出なくなののなら、ぜひやって下さい。
という次第で今朝、そのご主人が我が家にお見えになった。見ていると、コイル状のものにスピーカーコーの一部を巻きつけている。我が家のシステムは低域と高域を別々のパワーアンプで駆動するマルチチャンネルだから、スピーカーコードは4本。そのすべてに対策が施された。
「すみません。これでしばらく様子を見ていただけますか? それでも異音が出るようなら、また考えさせていただきます」
私が淹れたコーヒーを飲みながら、隣家のご主人はそうおっしゃった。なんでも中学生のころからアマチュア無線にはまり込み、いまでも続けているのだそうだ。何が面白いのか、私には理解不可能だが。
さてこれで、我が家のポルターガイスト現象はなくなるのか?
とりあえず今日はステレオからお化けの声は出なかった。明日以降も、お化けと無縁の日々が続いて欲しいと思う私である。