2024
10.04

我が家の課題は妻女殿の心臓と,その後の体力である

らかす日誌

朝から病院を梯子してきた。後期高齢者の悲しい現実である。

朝一で向かったのは群馬大学付属病院。重粒子線で治療した前立腺がんの予後を見るためである。予約時間は10時半。であれば、少なくとも10時には着きたいと、午前8時半に家を出た。逆算すれば起床は7時。朝食の支度をし、食べ、朝のパイプを楽しむにはそんな時間に起きねばならない。

予定通り10時前に着いた。カードによる受付を済ませ、重粒子線外来に向かう。十分間に合ったと一安心し、指示に従って採血、採尿の部門に向かう。終えて重粒子外来に戻ったのは10時15分頃だった。間もなく私の診療が始まるはずだ。

いや、始まるのかな? ふと不安になった。採血、採尿から30分で分析結果が出るはずはなかろう。前立腺がんの予後だから、前立腺がんのマーカーである血液中のPSAの値が分からなければ医師だって診断できるはずはない。ま、ざっと見て1時間か。ということは11時になったら診察が始まるか。
待合室で、持参した「選択」10月号を読み進む。石破新首相への評価がとてつもなく低い。アメリカも

「困った男が日本の首相になった」

と困惑しているという。さて、石破新首相で自民党は窮地を脱することができるか? 日本に明るい未来が開けるか?

残りページが少なくなった。時計を見ると、もう11時半である。おいおい、予約時間を1時間過ぎてもまだ私の順番は回ってこないのか?

「どうなってます? 私の予約は10時半なんだけど」

看護師に聞いてみた。調べてくれた。

「まだ大道さんお前に7人の患者さんがおられます」

おいおい、ここの予約システムってどうなってるんだ?

「たまたま、診察に長時間かかる患者さんが多いようで……」

待合室に戻り、再び読書を始める。10月号の最後の記事は「人質司法」である。日本の警察、検察が被疑者の自白を優先するあまり、100日も200日も身柄を拘束して自白を迫る現状を批判した記事である。自白なしには被疑者を起訴に持ち込めないのは、警察、検察の証拠収集能力の不足のためだろう。その弱みを、被疑者の拘束を続けて自白を強要することで補うとは。しかも、裁判官が検察のいいなりに勾留延長を認めるとは。日本の司法はどうなっているんだ?

その記事を読み終えても、まだ私の順番が来ない。やむなく、「選択」と一緒に持参した山本周五郎の短編集、「日々平安」(新潮文庫)を取り出す。

「日々平安」は。黒澤明監督の「椿三十郎」の原作である。ところが原作とは名ばかりなのだ。椿三十郎の原作での名前は菅田平野。食い詰め浪人である。とうとう何日も飯にありつけず、一計を案じる。切腹を装って同情をかい、飯代をせびろうというのだ。それに引っかかるのが、映画では加山雄三が演じた井坂伊織、原作では井坂十郎太だった……。

まだ私の番号、「753」は呼ばれない。時計はとうに12時を回っている。

「まだかよ! 大病院っていうヤツは……」

診察室に呼び込まれたのは12時半だった。予約時間とのずれ、2時間

「最近、具合はいかがですか。血液検査ではPSAは0.199ですから、基準の4.0よりはるかに下にある。まあ、いまはホルモン注射の効果もあって下がっていて、ホルモン注射の効果がが切れたら多少数値は上がると思いますが、心配はないと思いますよ。尿検査でも、あなたの尿は綺麗です。何か気になることはありますか?」

ま、多少気になるといえば、夕刻以降頻尿傾向があって、しかも促されてトイレに行っても、出る尿の量はたいしたことがない。排尿を促すセンサーが狂っているような気がするんですけどね。

「まあ、いまは季節の変わり目ですから、そのためかも知れません。少し様子を見ましょう」

以上、所要時間約5分。延々止まっていた時間は何なのだ?

群馬大学付属病院で昼食(中華丼)を済ませ、支払いを終えた私は前橋日赤に車を走らせた。ご存知の通り、前橋日赤は妻女殿が入院していらっしゃる病院である。

「持って来て」

と頼まれた衣類や書類を届けるためである。

妻女殿の施術は7日に決まった。

「私、帰れるかね?」

と弱気をあらわにするのは、施術への不安があるからだろう。様々な施術に伴うリスクを医師から説明されたのだから、分からないとこともない。だが、妻女殿の心臓は、

「いつ突然死してもおかしくない」

といわれるほどの状況である。選択肢はない。

「医者を信頼するしかないだろ?」

としか言えない私である。

その妻女殿が、リハビリに取り組むと口にした。見ると、ベッドの上で起き上がるのも辛いなようである。その身体を、日常生活に耐える身体に戻そうというのだろう。

これにはストップをかけた。

「お前の心臓はいつ止まってもおかしくないと言われている。いま無理をしてリハビリをしたら、心臓が止まるかも知れないではないか。リハビリは心臓が健康になってからにしなさい。そして、心臓が健康になったらリハビリをしてもらわなれば困る。ベッドで起き上がることが出来ない、歩くのが不自由、となったら、俺も後期高齢者だ。共同生活は難しいぞ」

私の前立腺がんは何とかなっているらしい。あとは妻女殿の心臓と,その後の体力。それが我が家の課題である。