2011
01.01

2011年1月1日 瑛汰、去る

らかす日誌

「瑛汰、我慢ができなくなったの」

そんな言葉を残して、本日夕、瑛汰が去った。

と、これだけでは、どなたのご理解も期待できない。やや時間はかかるが、経緯をご説明する。

瑛汰の一家、つまり次女とその旦那、それに璃子が我が家にやってきたのは、暮れの29日深夜のことである。その日、旦那が仕事を終えるのを待ち、一家4人、車でやってきた。
我が家に到着したのは午後11時過ぎ。我が妻女はすでにお休みであった。一人で4人を迎え入れ、瑛汰は我が布団に寝かした。次女と璃子は2階の客間(というか、普段は使わない部屋)で眠りについた。残された旦那と2人、居間でビールを飲んだ。
なにかつまみがいる。
私は冷蔵庫を開け、キャベツと黒川ハムのベーコンを取り出し、大きめの皿にキャベツの葉をちぎって並べ、スライスしたベーコンをその上に並べた。
旦那は

「お父さんも召し上がりませんか?」

と問うこともなく、私が給したベーコンとキャベツを残らず平らげた。よほど美味かったらしい。次女は普段、どんなものを食べさせているのか。

明けて30日は、瑛汰一家と佐野のアウトレットに出かけた。我が妻女は留守居役である。

瑛汰の目標はLEGOである。着くやいなや、私を引きずるようにしてLEGO SHOPに向かった。
そうそう、四日市の啓樹がもっかはまっているのもLEGO。サザンから始まり、マイケル・ジャクソンを経てLEGO。この2人、どこかで響き合っている。

まあ、風邪で弱っていた瑛汰には、12月に双眼鏡を買い与えた。が、クリスマスも過ぎた。正月は目前だ。1つぐらいは買い与えねばなるまい。

瑛汰が店内をグルグル回る。選んでいるのであろう。そのうち、動かなくなった。

「ボス、これ買って。瑛汰、これが格好いい」

日本語としては間違っているが、それままあいい。幼児である。言葉は思いが伝わればいい。
「これ」を見た。箱がでかい。やばい。目は、当然値札に行く。1万2900円

「瑛汰、ほかのも見てみようよ。ほかにもっといいのがあるかも知れないよ」

 「分かった」

瑛汰は再び店内を徘徊し始めた。しばらくして、

「ボス、瑛汰はやっぱりあれが格好いい」

再び1万2900円に戻る。「レゴ シティ ポリスステーション」。どうしてもこれが欲しいらしい。となればボスには選択肢はない。まあ、いいか。
レシートを見れば次女も妻女も角を生やすかも知れない。レシートは早めに捨てるに限る。

次女と旦那、璃子のグループと合流した。彼らが買ったのは、璃子のものばかり。大人3人、子供2人でアウトレットに足を運び、買ったのは子供のものばかり。親とかボスとかいう存在はそのようなものであるらしい。
それでも、瑛汰一家は近々ハワイに行くらしい。だけど、ハワイどころか草津温泉にも行く予定がないボスはどう落とし前を着ければいいのか?

その日は自宅に戻り、昼から瑛汰とレゴの組み立て。
夕方、瑛汰、旦那と連れだって、市内の温泉「ゆらら」。戻って食事、瑛汰と添い寝。

31日はみどり市東町まで足を伸ばした。黒川ハムでベーコンを仕入れるためである。瑛汰はこのベーコンが大好きである。
ベーコンを5つ、それに、

「えっ、ハムも作ってたの?」

という発見があって、ロースハムも購入。7500円。
帰りに、桐生市黒保根町の卵直売所で、9個400円の卵を2セット。1セットは瑛汰たちが横浜に持ち帰るもの。もう1セットは瑛汰たちが我が家で食べるためのものである。
高はしで、頼んでいた年越し蕎麦をゲット。

午後4時頃、知人が突然我が家を訪問。何かと思えば、自分で打った蕎麦をわざわざ持ってきてくれた。

「大道さんが桐生にいらっしゃる間は、毎年年越し蕎麦は持ってきますから」

持つべきものは物をくれる友であるとは吉田兼好も語っている。すでに年越し蕎麦は用意してあったが、ありがたくいただいた。
が、いただくだけでは男が廃る。湯布院から取り寄せているゆず七味、熊本県三角町から取り寄せているガネ漬け、それに買ってきたばかりのベーコンをお返しに。美味しいものでいい正月を迎えられんことを。

 

瑛汰が、志を突然語ったのはその日の夕食時である。

「あのさ、瑛汰さ、パパとママは明日帰るんでしょ? 瑛汰はさあ、ボスのところにお泊まりする」

次女一家が翌日、つまり元日の夕に横浜に戻るという話をしていたのだが、それにしても突然の決意表明であった。

「えっ、瑛汰、1人でお泊まりできるの?」

瑛汰のパパならずとも、そう思う。瑛汰、まだ4歳と半年である。

「大丈夫だよ。瑛汰、ボスが大好きだし、ババもいるし」

自信たっぷりに語る瑛汰に引き替え、周りの大人は疑念の固まりだった。おい、瑛汰、本当に一人っきりで泊まれるのか?

「じゃあ、瑛汰はお泊まりしてな。パパが迎えに来てあげるけど、パパの次の休みは7日だよ。それまでボスのところにいられる?」

といったのは、瑛汰のパパである。
私は、

「分かった。じゃあ、ボスが仕事をお休みして送っていってあげるよ」

といった。3日までは故郷から東京に戻るラッシュが続く。瑛汰を送っていけるとしても4日以降である。それほど長く我が家にいられるとも思えないので、4日に休みを取って送っていこうと思った。
その時思い出した。息子夫婦が2日には来ることになっている。

「おい、瑛汰が1人でうちに残るといっているんだわ。お前2日に来て3日に帰るんだよな。その時乗せていってくれないか? ついでに、2日はできるだけ早く来て欲しい。俺だけでは相手ができなくなるかも知れない」

息子の了解を取って瑛汰に話した。瑛汰はますます自信を深めたようだった。

「大丈夫だよ、ボスとババとシン君(とは、私の息子の呼ばれ方である)がいるから、瑛汰、大丈夫だよ、お泊まりしても」

かくして話は決まった。
瑛汰は4歳半にしてボスの家にお泊まりする!

 

その日も瑛汰を抱いて寝た。

「うーん、瑛汰、ママと寝たいんだけど」

「ママは璃子ちゃんと寝るんだから無理でしょ。それに瑛汰、ボスのところにお泊まりするんだろ? ママは横浜に帰ってもいいんだろ?」

 「あ、そうだった。お休み」

何気ない会話である。何気ない会話から相手の気持ちを推察するのは知性である。私は多少の不安を感じ始めた。瑛汰、本当にお泊まりできるか?

明けて元日。
朝餉を済ませたあと、瑛汰一家と私は伊勢崎のSMARKに出かけた。ここで餅つき大会と獅子舞がある。
瑛汰は餅つきに参加、杵で餅をついた。自分のついた餅を美味そうに食べた。獅子舞には頭を噛んでもらった。終わってラーメンを食べ、自宅に戻る。

「じゃあ、瑛汰、パパとママは夕方帰るからね。瑛汰はお泊まりだよね」

確認なのか、脅しなのか。周りの大人たちから浴びせられる言葉にも瑛汰の姿勢は揺るがなかった。

「うん、瑛汰はお泊まりする。シン君とボスとババがいるから大丈夫」

ボスとシン君の順番が入れ替わったのは動揺の現れだったのか。不安に揺らぐ心を、最新の登場人物であるシン君で収めようとしたのか。
次いで瑛汰は、意味深長な言葉を発する。

 「お泊まりするのはいいんだけどさ、瑛汰、璃子ちゃんと一緒にいたいんだよね。璃子ちゃんもお泊まりする?」

まだ6ヶ月の乳幼児を置いて行かれては、我々が困惑する。我が妻女の乳房から母乳が出るはずもない。

「瑛汰、それは無理だよ。璃子ちゃんはママのおっぱいを飲まなきゃいけないんだから」

 「だって、ミルクを飲めばいいじゃん」

 「璃子ちゃん、ミルクが嫌いなことは瑛汰だって知ってるでしょ? だったら、一緒に帰る?」

それでも、瑛汰の姿勢は揺るがなかった。

「でも、瑛汰はお泊まりする」

それは、一度口にしたことを守り抜こうという瑛汰の律儀さだったのか、虚勢だったのか。

 

夕刻になった。いよいよパパとママ、それに璃子が横浜に去る時間が近づいた。

「ねえ、ボス。パソコンでクローン・ウォーズが見たい」

我が事務所に入り込んだ瑛汰は、クローン・ウォーズの動画をねだった。検索して再生し始めた。

「じゃあ、瑛汰、ママたち、帰るからね。ボスとババのいうことをちゃんと聞くんだよ」

次女が声をかけてきた。
瑛汰を抱いた私は、瑛汰にいった。

「ほら、ママとパパは帰るんだって。瑛汰、バイバイしな」

瑛汰はその場で言った。

「バイバイ」

やばい。これはやばい。瑛汰は追い詰められている。恐らく、瑛汰の頭の中は後悔でいっぱいなのである。だから、身体が動かない。パソコンの画面で展開されるクローン・ウォーズにも、もトンと目が行かない状態のようだ。

「これ、面白くない。ほかのにして」

先ほどから何度動画を取り替えたか。

「瑛汰、ほら、パパとママを送って来なきゃ」

 「ウェーン」

突然瑛汰が泣き出した。瑛汰、どうした?

「瑛汰、我慢ができない! ウェーン」

かくして、固い決意の元、1人桐生に残留することを選んだはずの瑛汰は、父母、妹とともに横浜に去ることになった。
車の助手席に座った瑛汰にいった。

「瑛汰、瑛汰が帰っちゃうとボスは寂しいよ」

 「ウェーン」

再び瑛汰が泣き出した。泣いたまま、車で横浜に向かった。

 

夜、瑛汰から電話があった。

「瑛汰、瑛汰がいなくなったから、ボスは寂しくて泣いちゃったよ」

 「嘘でしょ! ボス、嘘を言っちゃいけないんだからね!! 瑛汰は嘘を言う人は許さないんだから。パンチしちゃうんだから!!!」

瑛汰、回復が早い。

四日市に住む長女の長男、啓樹に電話で経緯を伝えた。

「それは」

と啓樹が言った。

「啓樹がいなかったからだよ。啓樹がいたら、瑛汰と戦いごっこができるから、瑛汰は泣かないよ」

啓樹、そういうものなのか。でも、啓樹はもう6歳になったのに、ボスの家に1人で泊まりに来たことはないぞ、何度もおいでと誘っているのに。

「じゃあ、啓樹、啓樹が1人でボスの家に来て、瑛汰も1人でボスの家に来て、それで遊ぶか?」

 「あっ、いいね、それ」

春休みか、はたまた夏休みか。我が家は啓樹と瑛汰に占領され、ボスとババがそのお世話に疲れ果てることになるのだろうか?

かくして、私の2011年が始まった。

 

皆様、明けましておめでとうございます。
今年も、私の拙い雑文にお付き合いいただきますよう、心からお願い申し上げて新年のご挨拶といたします。