2013
12.14

2013年12月14日 伝道者

らかす日誌

ネットオーディオの入り口で躓いて、このところすっかりギターにご無沙汰だった。
この日誌を読み続けていただいている方々にはおわかりのように。ネットオーディオは我が家で、すでに実用化段階に入った。つまり、ネットオーディオ構築に費やしていた時間がすっきりと空いた。
こうなれば、ギターの練習を再開するのは、当たり前である。

さらに後押ししてくれる人がいた。
あの、注文生産のMartinを私に譲ってくれたNさんである。

「大道さん、やっぱりスリーフィンガーは覚えておいた方がいいですよ。できるようになると、いろいろと応用が利いてレパートリーが広がります」

Nさんは若き日、Paul McCartneyのベースに魅せられ、猛練習の末プロののベースプレーヤーとなった。いまはCD、楽器店を営みながら、ギター教室を開いている。
仲良くなったころ、

「俺、あなたの生徒になろうかな」

と打診したことがある。Nさんは、

「いや、あなたの段階まで来たら、もう私に習うことはありません。あとは自分でやることです」

と受け入れてくれなかった。そのNさんからの誘いである。
しかも、

「お金はいりませんから」

これは乗るしかない。
しかし、私は何故にこれほど愛されるのか? 妻子持ちのNさんが、私の肉体美に強く惹かれたということはないと思うが……。

ああ、ちなみに、スリーフィンガーとは、親指、人差し指、中指の3本の指で弦をつま弾く奏法のことである。

お誘いは1ヶ月ほど前のことだった。その場でお願いしますと頭を下げたのだが、仕事やネットオーディオとの格闘で、初めて生徒になったのは12日、木曜のことだ。

「まずこれを覚えましょう」

コードはCを押さえる。その状態で、まず親指と中指で2弦、5弦を同時に鳴らし、続いて人差し指で3弦、中指で2弦、さらに親指で5弦、中指で1弦、人差し指で3弦、中指で4弦と弾く。文字で表せば

ドン ト テ ド タ ト テ

という感じだ。なお、一文字が半拍を表す。これでリズムを掴んでいただきたい。

「はい、やってみて下さい」

といわれてすぐにやれるぐらいなら、そもそも生徒になんかなっていない。

ドン ……、ト テ ド タ ト

「ああ、違う違う。最後にテが入らないと4拍になりませんよね」

うん、それは分かる。でも、指が、指が、とにかく動かない。
いや、ここは、死んだ女房に責任を押しつけようとするどこかの知事さんを意識して、自分の体の一部である指のせいにした方がいさぎよい、というのでこう書いているのではない。本当に動かないのである、己の指が。

ドン ト テ ドン ト ト ト

「うん、さっきよりよくなりました」

ほんとか? ちっとも変わってないようなんだけど……。

「最初はゆっくりでいいですが、慣れたらどんどんスピードアップして」

Nさんは、悪戦苦闘を続ける私の前で、最近お気に入りのGibsonのギターを華麗に演奏し始めた。

「スリーフィンガーが自在にできるようになると、こんな曲も出来るんですよね」

嘘だろ? あんたが何処をどう弾いているのか、俺の目にははっきり見えないぞ。そんなこと、俺にできるわけないジャン……。

と1時間ほど虐められ、ほうほうのていで逃げ帰ってきた。
逃げ帰るのはいいが、しかし、ギターから逃げるわけには行かぬ。
というわけで、このところ毎日練習しているのです、

ドン ト テ ド タ ト テ

を。
コードをC、Am、Dm、Gと変えながらの練習。
ほんと、老いた指って、なかなか自在に動いてはくれませんことよ。

おまけに。
10日から2週間ほど、ギターから遠ざかっていたからであろうか。弦を押さえる左手の指が痛い。同じコードを5分も押さえていると、えもいわれぬ痛みが指先から全身に走る。
ああ、なまっちゃったのね……。


昨夜は、桐生に来て仲良くなったU氏、T氏と酒を飲んだ。
いや、忘年会などという大げさなものではない。

「最近飲んでないね。近々やろう」

ということで始まった飲み会である。
両氏とも、ありがたいことに「らかす」の読者である。飲み始めると、早速質問が飛んできた。

「大道さん、ネットオーディオ、やってますねえ。でも、本当にそんなに音が良くなるんですか?」

なる、なる。本当に良くなる。
ふーん、といいながら、2人の中では毒舌家であるT氏がいった。

「しかし、メーカーも大変だよな。日誌で読むと、大道さんみたいな性悪のクレーマーに捕まっちゃったんですよねえ。ああ、同情するな」

私は、自分がクレーマーであるとの自覚はない。買ったのに思い通りに動かない機器について、どうすれば正常に動くのか、理に適った説明を受けたいだけである。
無論、理の通らない説明をする相手には、時として言葉を荒げることもある。それは、私がクレーマーであるためではなく、相手の説明が要を得ないからだ。
それに、だ。電話ごしの説明に

「なるほど」

と了解したときは、

「いや、ほんとにありがとうございました」

と感謝の意を丁重に伝えることを忘れない。
これがクレーマーか?

まあ、いい。その場で私はニヤリと笑い、

「俺をクレーマーと呼ぶか。じゃあ、クレーマーとしてあなたにいいたいことがある」

と切り出した。T氏は行政に携わる人である。

「俺が桐生に来てからもう4年半が過ぎた。その間、桐生の再生を願い、いろいろとお願いしてきた。でも、桐生の人口減は止まらない。年々町の活気が失われている。これ、行政の責任とまではいわないが、でも、行政として何か手を打ってるの? そもそも……」

フッフッフ。私は硬派のクレーマーなのである。

ネットオーディオに関心を持つ2人の思いは、昨夜のうちに遂げられた。

「で、音、聞いてみたい?」

「是非聞いてみたいですね」

「だったら、いまから俺のうちに行こうよ」

こうして、我が家が2次会の会場となった。サイドボードに入っていた日本酒を引っ張り出してのみながら、

ビートルズ、クラプトン、モーツアルト、マル・ウォルドロン……。

次々と再生する。しかも、音質を評価するには少し大きめの音がいい。

「この時間に、こんなに音量を上げて、ご近所、大丈夫ですか?」

「ペアガラスが入っているから、まあ、心配することないんじゃない?」

ネットオーディの試聴会は、延々11時頃まで続いた。

「いやあ、すごい。CDには、こんなにいい音が入ってるんだ」

2人はすっかり魅せられた様子だった。ひょっとしたら、2人もネットオーディオにはまるかも知れない。


そういえば、私にギターを教えるNさんも、来週木曜日には我が家に音を聞きに来る。何となく、このところネットオーディオの伝道者になってしまった気分の私である。

うん、今日は8時過ぎに目を覚まし、半日朦朧としていた。飲み過ぎか。

珍しいことに、我が妻女殿も昨夜、2人が帰るまで付き合われた。ために、今朝は私より遅いお目覚めであった。
まあ、土曜日だし、別に問題はない。いつもは

「疲れた」

と遅くとも10時には自室に引っ込んで横になる妻女殿である。昨夜の試聴会が楽しかったか。
これも結構なことである。