07.01
今日から7月。暑さも来週からは少し和らぐようで。
冬もそうだが、真夏もパイプタバコ愛好家の敵である。とはいつか書いた気がするが、しつこく、もう一度書く。
なにしろ、パイプは1度火を点けると、少なくとも30分、多めにタバコの葉を入れれば1時間以上煙を出し続ける。だから、家族中の嫌われ者になる。
だけど、だ。あちゃらの少し古い映画を見ていると、屋内でタバコはおろかパイプを楽しむのは当たり前で、咥えていたパイプの吸い口で地図を指しながら指図をするシーンなど、掃いて捨てるほど出てくる。第一、コーンパイプをふかしていないマッカーサーを想像できるか? それなのに、
「なぜ俺は外で吸わねばならん?」
と思わないでもないが、まあ、それが時代の移り変わりというものだろう。だから私は、天気がどうであれ、朝食後、昼食後に外へ出てパイプを咥える。パイプはすでに暮らしのペースメーカーである。
だから、暑さが応える。キャンバスチェアに座って本を読みながらパイプを楽しむのだから、体を動かすわけでもない。それなのに今の季節、5分もすると汗が噴き出し始める。やがて頭皮から出たのだろう、うなじを汗が流れ落ちる。タオルを首に巻いていないことには大変なことになってしまう。
「やめたら?」
という人もいる。
私だって、ニコチンが血管を収縮させて高血圧、手足の冷えの原因になることはわきまえている。煙を肺に入れる紙巻きタバコが肺気腫や肺がんの引き起こしかねないことだって知識の中にある。
だが、と思うのだ。人生は理にかなったことだけをする時間か? 不合理があってこその人生ではないか? 品行方正だけが人生か? 嫌われ者になってもいいんじゃないか? それが人生に膨らみを作るのではないか? タバコを人類の敵と指摘して止まない連中は、寝て起きて飯を食って仕事をして子どもを作るだけの生き物か? 喫煙者はアルツハイマーになりにくいという調査結果だってあるんだぞ!
まあ、いい。今や喫煙者は非国民扱いである。何を主張しようと引かれ者の小唄にしかならない。
ま、いずれにしても、汗だくになりながらくゆらせるパイプタバコは余り楽しくはないのだが、それでもやめる気はない。
週明け、雨が降って気温が下がるらしい。きっとパイプタバコの味も引き立つはずである。それを楽しみに待とう!
という具合に暑さに弱い私であるが、それでも、エアコンの使用は出来るだけ控えている。電気代を節約しようとか、国の節電要請に応えようなどという殊勝な目的があるわけではない。
「冷やしすぎは体に良くないだろう」
という個人的な思いからである。
まず、夜の映画鑑賞の時間、外気はまだ30℃前後あるのに、テレビのあるリビングのエアコンはつけない。リビングに続く私の寝室兼執務室のエアコンを25度ほど(それでも暑さを感じるときは24℃)に設定して稼働させ、リビングでは扇風機を使う。これで汗もかかずに映画に集中できる。
何でも、高齢になると基礎代謝が落ち、暑さに対する感受性が落ちるのだそうだ。私の体も年齢相当になってきたということか。
暑さへの感受性が鈍り、汗をかかない。この2つの条件が揃えば熱中症のリスクが高まる。ま、私の場合は熱暑の中でパイプを咥え、汗をかく練習をしているのだから、同年配の方々よりリスクは低いと思う。これも喫煙の効能である。
それに、私の寝室兼執務室は、朝からエアコンをかけっぱなしである。通常の設定温度は25℃。外気が異常な高温になって25℃設定では汗が滲むときは24℃。この夏は1度だけ23度にした時間帯があった。まだまだ暑さはそれなりに感じる私のようである。
寝る際はエアコンを25℃にし、3時間のタイマーを入れる。1週間ほど前までタイマーは2時間にしていたが、テレビで
「眠りは最初の3時間が肝心です」
といっていたので、そうかと思い3時間にした。7時半頃目覚めてもほとんど汗をかいていないから、まあ、十分にいい睡眠を取れていると思っている。
ということで、この1週間ほどは暑さとの闘いだった。水曜日まではそれでも外へ取材に出たが、昨日、今日は流石にアポイントを取らず、自宅に籠もって原稿を書いた。私なりの健康対策である。
明日も、日曜日も酷暑らしい。気温が下がる週明けが待ち遠しい私であった。