2023
08.18

私と朝日新聞 名古屋本社経済部の15 東京モーターショー

らかす日誌

10月30日、第24回東京モーターショーが東京・晴海で始まった。トヨタ担当は、自動車ショーは見に行くことになっている。私なんぞ、見ても

「へえ、こんなスタイルの車が近々出るのか」

程度のことしか見取ることができない。私に見せても無駄だとは思うのだが、東京に行くのは何となく心が弾む。
報道関係者への公開は確か開幕前日の29日ではなかったか。とすれば、私は28日の新幹線の切符を取り、名古屋駅に行ったことになる。

たまたま、である。新幹線のホームでトヨタ自動車販売の広報マンと顔を合わせた。

「ああ、同じ列車になったんですね」

と声をかけた。彼の顔が一瞬歪んだ

実はその数日前、彼から

「うちで記者さんたちの費用は持ちますから、モーターショーを見に行きませんか?」

と声をかけられていた。
いや、私もモーターショーは見に行くが、会社の出張で行きます。費用は会社持ちです。東京で会いましょう、とお断りした。
それが当たり前である。記者たるもの、トヨタ自動車のために働いているのではない。トヨタから顎足つきの招待を受けるいわれはない。

彼の歪んだ顔を見ながら、あのときの会話を思い出した。そして目の焦点を少しずらすと、トヨタ担当記者たちがグリーン車にゾロゾロと乗り込んでいるのが見えた。あ、連中はトヨタの招待を受けたのか。へえ、グリーン車ね。まあ、いい。私は私の道を行く。

私が予約したのは普通の指定席である。その費用は朝日新聞が見る。グリーン車の費用までは朝日新聞は出さない。

1人、指定席に座っていた。しばらくすると、あの広報マンがやって来た。

「大道さん、グリーン車に移ってくれませんか?」

異な事である。私は指定席に座っている。たかだか2時間ほど座れば東京に着くのだから、わざわざグリーン車に乗る必要はない。グリーン車に乗らねば疲れて困る、という歳でもない。

「いや、さっき名古屋駅のホームで顔を合わせでしょう。他社の記者さんたちが、何となく気にしてるんですよね。グリーンの費用はトヨタが持ちますので、お願いできませんか?」

お願いできるわけがない。私は取材先におんぶにだっこしてしまう記者になる気はない。ここは丁重にお断りするしかない。広報マンはずいぶん粘ったが、やがて諦めたのか、グリーン車に戻っていった。

いや、一人だけ正義漢であるようなことを書いたが、その夜、私は他社の記者と一緒にトヨタの接待を受けた。2次会付きである。どんな店だったか記憶にないが、私の財布では行けないような高級店だったことは確かである。だから、トヨタの招待を受け入れた他社の記者と、たいした違いがあるわけではない。新幹線の切符を朝日新聞の負担で買った、宿泊は横浜の妻女殿の実家にした(招待組は、きっとトヨタが用意したホテルに泊まったのだろう)程度である。
当時の朝日新聞のルールでは、出張先ではどこに泊まろうと、同じ金額の出張手当が出た。妻女殿の実家に泊まった私の小遣いが増えたのがありがたかった。

記憶は曖昧だが、翌日は朝からモーターショーを見学し、昼前に解散になったと思う。私は、トヨタ自動車販売の広報課長を昼食に誘った。接待を受けたらお返しをするのが朝日新聞経済部の暗黙のルールである。朝日新聞に交際費はないから、すべて自腹である。ご馳走になったのと同じレベルのお返しは絶対に出来ないが、気は心。やっておかねば取材先と同じ地平に立てない。

まだ東京勤務は経験がない。だから、どこにどんな店があるか皆目分からないが、1軒だけ、東京に出張した時に、グルメという定評があった先輩にご馳走になった店が記憶に残っていた。六本木のインド料理店「デリー」(いまは銀座にある)である。この店なら、昨夜受けた接待の万分の1ぐらいのお返しになるのではないか。
課長と2人、六本木交差点付近を歩いた。
ところが、地理不案内というのは困ったもので、

「確か、この路地を入ったところだったが……」

と探しても、どうしても「デリー」が見付からない。いまならiPhoneで簡単に行き着くのだろうが、30分ほど歩いて探し廻っても「デリー」は雲隠れしたままだった。

「大ちゃん、もういいよ」

課長がそう声をかけてくれた。しかし、ご馳走せずに課長を帰すわけにはいかない。さて、どうしよう? と考えていたら、

「じゃあ、ここでコーヒーをご馳走してよ」

課長が指さしたのは、六本木交差点にある「アマンド」だった。やむなく、2人で「アマンド」の客になった。そしてここで、思いもしなかった話を、この広報課長に聞くのである。