03.13
2006年3月13日 ロックンローラー
仕事で知り合ったロックンローラーと食事をした。今日が3回目の食事会である。初めて2人だけで食事をした。
彼は酒を飲まない。というより、一滴も飲めない。彼は作曲し、詩を書き、ステージでシャウトする。酒と女と薬、それに暴力。それが大衆が、ロックと彼に持つイメージである。一滴も酒が飲めない事実が表沙汰になれば、彼のロッカー人生は終焉を迎えるかもしれない。が、体質とあれば如何ともしがたい。
メリットもある。飲酒運転の畏れがないことである。だから、いつも車で移動する。愛車は、BMW7シリーズのシュニッツァー仕様。なんでも、2700万円ほどしたのだとか。
もっとも、走行距離10万kmを超した年代物でもある。
助手席に乗せてもらい、目的地に向かった。本日の食事? ラーメンである。川崎にある九州ラーメンを食べに行く。その店で、餃子を食べ、ホルモン焼きをつつき、牛すじの煮込みを口に入れる。
私はビールを飲む。彼は水を飲む。仕上げは九州ラーメン。それが、私の計画であった。事実は、計画通りに進んだ。料金は2人で3980円。私が払った。
天下のロックンローラーと、一介のサラリーマンが、世界の超高級車を小さなラーメン屋に横付けにして、わびしい夕食を取る。それも一興ではある。
3度目となると、ややフランクな話も出る。この日の話者は、ロッカーであった。
「大道さん、恥ずかしい話をしちゃおうかな」
店に座って15分もしたころだったろうか。彼が口を開いた。
「俺ね、寝てるうちにやっちゃったことがあるのよ、大きいのを」
「?」
「いや、ホテルで朝起きたらね、パンツの中に大きいのが出てるのよ。臭いのよ。初めてのことだったんでびっくりしてね。下着を処理して体を洗って、何事もなかったかのようにみんなのところに行ったんだけど、人間、そんな体験をすると、『またやっちゃうんじゃないか』って恐怖感にとらわれるよね」
「うん、人間の尊厳は、自分で下の処理ができるかどうかにかかっているともいうよなあ。人に助けてもらわないと排便、排尿ができなくなると、急に老け込むんだって」
「ああ、そう。俺ね、またやっちゃいかんと思うから、その日は何も食べなかったのよ。一切食事をしなかったの。翌日も、朝も昼も食事抜きでね。ま、出るものがなければ出てくるものもないと思ってさ。で、夜、みんなと食事に行ったら馬刺しが出たわけ。なんか、みんな箸を伸ばさないんだよな。苦手みたいで。で、俺は5食も抜いてるわけだろ? もう腹減っちゃってさ。食ったよ、馬刺し。うん、5人前ぐらいあったのを1人で食っちゃった。結構美味いね、馬刺しって」
その時我々は、ホルモン焼きを食べていた。彼は,その肉を見て馬刺しを思い出したのだろうか。
「で、食べて大丈夫だった?」
「ああ、それは大丈夫。あの時だけだよ、大きいのが出ちゃったのは」
「だとしたら、原因は何だったのかね? 体調が悪かった?」
「うーん、あの頃ね、詩を作らなければならなくて、それがなかなかできなくて、精神的に追い込まれてたんだよなあ。それじゃないかと思うけど」
彼は、ホルモン焼きに箸を伸ばし、口に放り込んだ。
私はロッカーに憧れる。自分で曲を作り、詩を書く才に妬みすら感じる。黄色い声に囲まれ、突進してくる女どもから逃げ回る立場が心から羨ましい。逃げ切れずに捕まる。それは天国への入り口だと思う。BMWのシュニッツァー仕様? 私も乗りたい。チャン・ツィイー(章子怡)を乗せて、夜明けの首都高を走ってみたい。
でも、朝目覚めた時、まず自らの肛門のしまり具合を心配する暮らしはごめんである。それぐらいなら、何もない今の生活を選択する。
ロッカー、シンガー・ソングライター、なかなか大変な仕事である。
「だけど、ステージに立つって、やっぱり麻薬みたいなものなんでしょ? 一度やったら病みつきになるとか」
「おれ、ステージ嫌いなんですわ」
「ヘッ?」
「ステージに立つより、レコーディングしている方がはるかに好きで、でも仕方ないからステージもこなすというか」
「ああ、そうなんですか」
「でも、ステージから降りると、自分が興奮しているのが分かるんだなぁ。五感が尖ったままというか、全身がピリピリして」
「なるほどね」
「で、どうしようもなく女を抱きたくなるんです。不思議なほどに性欲が高まるんです」
「は、バイアグラいらず、だね」
「でも、俺は自分で自分にルールを課してるんです」
「どんな?」
「ファンには絶対に手を出さないって」
「もったいない。宝の山なのに」
「だから、情けないんだけど、興奮しっぱなしでホテルに帰って、自分でやるしかないんですわ、この歳でマスターベーションを」
「…………」
やはり、ロッカー、シンガー・ソングライター、なかなか大変な仕事である。