2006
10.01

2006年10月1日 フェアレディZ

らかす日誌

知人が車を買った。本日のタイトルとした車である。彼の妻女から電話で知らされた我が妻によると、430万円。まあ、立派な価格である。

私の記憶によると、それまで彼は、クライスラーのジープチェロキーに乗っていた。よほど気に入ったのか長年のご使用で、10年、15万km走った。その愛車が突然火を噴いた。彼がクレームをつけたという話はないから、整備不良か何かなのであろう。

この機に、彼はフェアレディZの購入を主張した。座席が2つしかない車である。渋る妻女に、彼は言った。

「一人娘は結婚しそうもない。だから、俺の車は、ゴルフバッグとお前が乗れれば十分なのだ」

妻女は、虎の子のへそくりの蓋を開き、夫にフェアレディZを買い与えた。

この話を私に伝えた我が妻はいった。

「ゴルフバッグとお前が乗れればいい、なんて言われたら、私だってポーンとお金を出しくなるわよ」

ご注意いただきたい。出すわよ、ではなく、出したくなるわよ、である。それが我が家の現状である。

それに、我が家の車はツーリングワゴンだ。断じて2座席のスポーツカーではない。そんなもの、ほしいとも思わない。あこがれのポルシェにはとても手が届きそうにないからかも知れないが……。

ま、それはいい。麗しい夫婦愛の話として、ひょっとしたら私への当てつけとして、フェアレディZを語る妻の話を聞きながら、でも、私は苦笑を禁じ得なかった。

えっ、あいつがゴルフバッグとお前が乗れればいい、だって?

話はさかのぼる。

2年ほど前、原宿の魚屋小菊で酒を飲んだ。名古屋から東京に転勤してきた彼と、旧交を温めだのである。ま、私はどうでもよかったが、彼の方から温めたいと言ってきた。断る理由もなく、行きつけの店に誘ったのである。

「おう、大道、元気そうだな」

病身をおしてまでお前と酒を飲む義理も意欲もない。つまらないことを言う男である。

やがて、酒が回った。酒を飲まなくてもよく口の動く男だが、酒を飲むとブレーキが壊れてしまうのも彼の特徴である。

「おう、お前さ、最近、女とやってるか?」

私が女性たちにたいしてどのような行動に出ていようとも、すべてはプライバシーに属する。どのような思いを抱こうとも、表現しない限りは罪には問われない。それを君に話す筋合いはない。よけいなお世話だ。

「俺さ、ちょいと糖尿の気配が出てきてさ、それだけじゃなくて心臓もおかしいらしい。いつもニトロを持って歩いてんだ」

ほう、こいつもそんな年になったか。そういえば、かつてに比べて腹回りが異様に膨れている。ウエストは90cmではきくまい。ひょっとしたら大台に乗ったか?

ということは、あれか。こいつ、昔から女が人並みはずれて好きだった。それも、私の目から見れば

「なんでこんな女と?」

と、その美感を疑ってしまうような女性と、喜々として付き合っていた。その、本人は華麗と思っていた半生が幕を閉じたのか? 単なる中年男になっちゃったのか? 世のため、人のためには喜ばしいことではないか。

私の思いは、だが、すぐに裏切られた。

「お前、バイアグラ飲んでるか?」

????。

「俺はいつも持ってる。お前にも1錠やろうか? ガハハハハ。おう、心臓によくないことは知ってるよ。だけど、女を喜ばせなくて何で男だ? 俺は命を張って女を喜ばせているのよ。どうだ、偉いだろう? ガハハハハ」

絶句した。こいつの価値観、ぶっ壊れてる! 念のために聞いてみた。

「だけど、お前、まさかそこまでして奥さんと……」

答えは即座に返ってきた。

「馬鹿か、お前は。俺は忙しいのよ。京都の医者の女房が会いたい会いたいと言ってくるし、大阪にも2人いるだろ、それから……。バイアグラが大活躍してるのよ。ガハハハハ」

稀代の傑物と言うべきか。度を超した色情狂というべきか。身長170cmあまり、体重はどう見ても90kg以上、色浅黒く、眉は先に行くに従って下がる。どう見ても美しい男の部類には入らない。なのに、次々と女性が現れるとは。我々は狂った時代に生きていると言うべきか。

その男が、バイアグラなしでは行動できなくなったことは時代の変化ではあるが……。

彼が、妻女から、

「外に子供を作るのだけは許しませんからね」

と言われていたことは、その後知ったである。いろいろな夫婦のあり方がある。

その彼が半年ほど前、入院した。心臓糖尿である。毎日2時間散歩をして、体重を4kg落としたと聞いた。そして、ジープチェロキーが燃え、フェアレディZがやってきた。

ゴルフバッグとお前が乗れれば十分………?

おいおい、お前さん、とうとう人生を諦めなければならない状態になったのかね? 晩年哀れむべしか?

いや、ひょっとしたらこの男、今頃どこかの酒場で宣(のたも)うているんじゃなかろうか?

「ゴルフバッグとが乗れば十分だと思ってこの車にしたのさ。屋根をオープンにして走ると、自然と一体になったような気分で最高だよ。ね、ドライブに行かない?」

もちろん、この場合の「君」は、彼の妻女ではない。ジープチェロキー時代より、打率は上がるかも知れない。

いかがであろう。私が苦笑してしまった理由はご納得いただけたであろうか?

にしても、である。

猛獣に武器を与えたような妻女の決断。女とは、女狂いを続ける男をそこまで愛し続けることができるのか? 偉大なものである。

そして、

ゴルフバッグとお前が乗れれば十分。

2座席のスポーツカーがほしくて仕方がないのに、奥様の許しが得られない気弱なあなた。使えるせりふだとは思いませんか?