2007
12.26

12月26日 院内感染

らかす日誌

茅ケ崎市立病院でC型肝炎感染事故が起きた。心臓カテーテル検査をした際に使った血圧変動監視用器具が感染源だと疑われている。使い捨てるように設計されている器具を、なんと、何度も使っていたというのだ。人災である。

いつかは起きるはずの事故だった。使い捨ての医療器具を繰り返し使うのは、多くの病院で日常的に行われているからだ。それを私に教えてくれたのは息子である。

息子が勤めていた会社が倒産したのは2003年1月末だった。「事件らかす #5  年賀のご挨拶」にチラリと書いたので、ご記憶の方もいらっしゃると思う。実は、この倒産した会社が使い捨ての医療器具を作るベンチャー企業だった。

その前に勤めていた外資系企業が、息子のいた事業部門をリストラした。日本での事業継続は不可能と判断したのだ。仕事を追われた息子は再就職先を探し始めた。そこへ IT バブルの崩壊がやってきて大手企業が次々と採用を取りやめた。選択肢がほとんどなくなった息子が選んだのが、そのベンチャー企業だった。

なるほど、世の景気の善し悪しとは無縁で生きる企業もあるのか。これぞベンチャーだな。心強く思った。

ところが。

「会社がおかしいんだよね」

と息子が言い始めたのは前年の秋口だったと記憶する。器具の評判はいい。なのに、売り上げが伸びない。資金繰りが苦しい。

「製品の評判がいいのに売り上げが伸びないってことがあるか。お前を含めて、売り方が悪いんじゃないのか?」

誰もが持つ疑問を発した。だが、期待されながら始動したベンチャービジネスには意外な落とし穴があった。

「うちの製品は、1回使ったら廃棄することを前提にしている。使ったら捨てる。器具を洗ったり消毒したりする必要がない。だから、内部の構造を洗浄できないほど複雑にできる。そうして、できるだけ患者さんの負担を減らす設計をしてるんだ。それが、うちの会社に期待が集まった原因だけどね」

「だったら、業績が伸びるはずだろ?」

 「俺もそう思って入った。ところが、前提が違ってたんだな」

 「前提が?」

 「そう、前提が。医者が捨てないんだよ、一度使った器具を。何度も使い回しをする。5、6回なんて当たり前で、10回を超えるところもある。例えば、平均6回使い回されるとしてみろよ。うちの会社は6個売れることを前提に経営計画を書いているのに、現実には1個しか売れない。これじゃいつまでたっても赤字だよ」

 「医者には、使い捨ての器具だということを説明しているのか?」

当たり前じゃないか。だから安い。だから患者さんの負担が少ない構造になっている、って口を酸っぱくして説明してるさ。使い回しは感染の危険があるってこともね。でも、全部とはいわないけど、多くの医者が喜ぶのは価格だけ。使い回せばさらにコストが落ちるからそうする。感染の危険があるといっても取り合ってくれない。病院って、怖いところだよ」

こうして、息子が勤めていたベンチャー企業は倒産した。倒産の原因を作ったのは茅ヶ崎市立病院のような病院である。

26日の朝日新聞朝刊によると、担当の臨床工学技師は

「手術が立て込んでいて忙しかったから」

と答えているそうだ。

恐らくである。忙しければ、使い捨てて器具を使う方が楽である。病院のコストを削減するため、危険と承知で、あるいはそのような危機意識もなく、いつもの習慣で器具を使い回した、と私は思う。

そもそも、新しい使い捨て器具を取り出すのにどれだけ時間がかかるというのか? 私のように医療現場の現実を知らなくても良い。取材した記者にたったそれだけの問題意識があれば、こんな間抜けなコメントは紙面に載らなかったはずである。

 

息子の話に依拠すれば、今回の茅ヶ崎市立病院の院内感染事故は、これまで表面化しなかったのが不思議なほどの、常識的な事故である。恐らく、闇から闇に葬られた感染事故は、この何倍も何十倍もあると考えざるを得ない。

そして、あなたがかかっている病院も、使い捨ての医療器具を何度も使い回しているかも知れない。

自分の命は自分で守る。それしか自分の身を守る道はない。

医は算術なり

情けない時代になってしまった。