2010
05.06

2010年5月6日 黒川ハム

らかす日誌

朝からみどり市東町神戸、わたらせ渓谷鉄道神戸駅近くまで行ってきた。黒川ハム を子どもたちのところに送るためである。

しばらく前、みどり市の特産品という黒川ハムを食べて美味いと思った。連休にやってきた啓樹に食べさせたら美味いという。1日から横浜に行って、瑛汰の食卓に並べたら、やはり美味いと叫んだ。
だったら、ボスがベーコンとハムを送ってやろう。
そう約束して桐生に引き上げてきたのである。いわば、約束を実行するためのドライブである。

このハム屋さんは山の中にある。今朝店舗まで行くと、シャッターが降りていた。シャッターには
日曜・祝日休み
と書いてある。

「おかしいな、今日は日曜でも祝日でもないはずだが」

誰でもそう思う。今日は連休明けの木曜日なのだ。平日なのに、仕事をほったらかして朝からハムの買い出しに行く、平日も休日も区別しない不良社員の私もそう思った。でも、シャッターは閉まっている。

「今日はダメか。明日出直すとするか」

一度は引き上げかけた。まあ、明日も暇なはずだ。出直す時間は充分にある。
でも、横に回ると張り紙があった。

「ご用の方はこちらまで」

その下に名前と携帯電話の番号が書いてある。

山の中である。そもそもソフトバンクはサービスエリアが狭い。こんなところで私のiPhneは生きているのか? 電話を取り出すと、幸いつながっていた。ソフトバンクも馬鹿にしたものではない。電話をしてみた。

「ハムがほしいんですが、シャッターが閉まっているもので。お休みですか?」

「えっ、閉まってますか。みんなしょうがないなあ。いまね、富宏美術館のそばの産地直売所にいるんです。すぐ戻るので待っててくれま すか?」

電話に出たのは、どうやら経営者らしい。もちろん、待った。

ここでは、イノシシを飼っている。一頭は紐につながれ、もう1頭は檻に入れられている。
待ってる間、散歩にでも出てきた近所の人と会話を交わした。

「このイノシシ、ハムになっちゃうんですかねえ?」

見た瞬間から気になっていたことだ。ハムにして客に食べさせるイノシシを客に見せるのは趣味が悪い。

「いや、これはペットですよ。檻に入れられてる方は気性が激しくて外に出せないんだけど、紐でつないだ方は人間によく慣れていてね え。この間は、紐を引いて散歩していたら、すれ違った人が3mほど行きすぎてぎょっとした顔で振り返りましてねえ。犬かと 思った、って。この2頭は食べないんですよ」

ふむ、イノシシもペットになる時代か。ペット産業全盛期である。あ、このイノシシ、お金を出して買ったんではないよなあ。

やがて、経営者が軽トラックに乗って戻ってきた。
ベーコン(豚)、ハム(イノシシと鹿)をセットにしての発送を頼み、送り状に送り先を書いた。

次は支払いである。

「えーと、ハムが1500円だろ。それにベーコンが1200円だから、えーと」

お父さん、なんだか計算に手こずっている。こんなに大量の注文を一度に受けたことはないってか?

「一組4200円か。全部で3組だから、1万2600円だね」

暗算してさしあげた。なにしろこちらは大学を出た学士様である。この程度はお茶の子さいさいだ。

「えっ?」

彼は電卓をたたき始めた。どうやら、学士様の暗算を信じられなかったらしい。

「ああ、そうですね」

1万5000円渡した。

「はい、お釣りね、お釣り」

おじさんは手提げ金庫をかき回すと、1000円札を2枚取りだし、

「はい、お釣り」

と、それだけを私に渡そうとする。

 「あのー、計算が違ってるんだけど」

 「えっ?」

といった彼は、再び電卓をたたき始めた。

そうか、2400円か」

おいおい、この程度の計算も暗算でできないわけ?

「送料は?」

 「いえ、送料はこっちで何とかしますから」

計算はできないのに、サービス精神は旺盛だ。ありがたく受けた。

ところでこのおじさん、何でこんなところで美味しいハムを作ってるんだろう? 話を聞いて驚いた。
岩手県から出てきた彼は、プラスチック加工工場などで働いたあとここに住み着き、まず、カラオケスナックを開いた。

「こんな人口の少ない山の中ででカラオケスナックなんか儲かるわけないじゃない!」

誰でもそう思う。常人と同じ反応しかできないのは私の無能さの証かもしれないが、とにかく常人と同じくそう思った私はそれを言葉にした。思考が言葉として口から出る。私の性癖である。

「だけど、大間々からも桐生からも客が来て、結構儲かったんですよ」

桐生にも大間々にもカラオケスナックはあるはずだ。それなのに、何が嬉しくてこんな山奥までわざわざ来なければならないのか?

「私、三陸でしょ。それに向こうでは板前やってたし。魚を三陸から取り寄せてね。舟盛りなんかを出すわけですよ。30人乗りのマイク ロバスでやってきて30万円の宴会をする客なんて沢山いましたから」

どうやらこれで、彼は大もうけをしたらしい。

いまは、疲れたといって閉店しているが、彼の肩書きはそれだけではない。なんと、土木会社もやったという。のり面の工事が得 意だとか。

「じゃあ、何か訳があってその会社を閉じてハムを作り始めたんですか?」

 「いや、その会社、まだやってますよ。私が社長でね。この名刺を見てもらえばいいんだけど、ハムを作っているのはその会社の1つの事 業部門でね」

いやあ、世の中は広い。ハム会社の経営者は、土木会社の社長さんだった。暗算ができない社長さん、計算を間違ってしまう社長さ ん。
世の中にはいろんな人がいる。

そうそう、発送分の支払いを終えたあと、

「そうだ、俺が食べるのにベーコンを1つくれますか」

と求めた。冷蔵庫(冷凍庫?)からベーコンを出してきた社長さんに

「それ、いくら?」

といいながら(何しろ、重量で料金が変わってくるので)財布を取り出すと、

「いや、お代はいいです」

変な経営者である。

「だって、あなたのところも商売でしょう。代金はきちんと取ってもらわないと」

「いや、あなたの財布にお金が入っていることはさっき確認しました。でも、これはいいです。試食してください」

確認された私の財布には、多分2万5000円ぐらい入っていた。

「たったそれだけしか入ってないの?」

と思われたのか。とにかく代金は受け取ってくれなかった。このおじさん、とことん欲がない。
儲かった!
でも、ただほど高いものはない、ともいう。
また買いに行くんだろうなあ。常連客になってお金を払い続けるんだろうなあ……。

最後に。
黒川ハムのベーコンは絶品です。ネットでの販売もしているようなので、だまされてもいいという方はお試しなってはいかがでしょう?

なにしろ、

「都会で売ったら?」

という質問に、

「いやあ、やり方が分からなくて」

と答える社長さんです。放っておくと、いつまでたってもあなたの口には入りませんよ。