2013
01.27

2013年1月27日 インフルエンザ・その3

らかす日誌

詰まるところ、人生とは、幅広い知識と、それに基づいた的確な行動判断をしたと思っていても、間違えるときは間違えるものである。
23日、私は人生の哲理に触れた。

といっても、妻殿が病院から戻ったあとも、たいしたことを考えたわけではない。

「で、何だって?」

これは、医者の見立てを聞く問いである。

「風邪だろう、って。薬ももらってきた」

まあ、私が風邪なのだから、私から移るのなら風邪しかない。移るような行動はなかったはずだが、結果として妻女殿が発症したのであるから、どこかに油断があったと考えるしかない。

「で、念のためにインフルエンザの検査もしてきたんだろうな」

いま、群馬県、中でも桐生はインフルエンザの流行期である。確か警報か何かが出ていたんじゃなかったっけ。外に出ることがほとんどない妻女殿だから、よそからインフルエンザをもらってくるはずはないが、念には念を入れて、ということもある。

「何いってんのよ。インフルエンザって、症状が出始めたばかりの時期は、検査したって分からないんだから、今日やってって無駄なのよ。知らないの?」

思うに、我が妻女殿は、私に対しては知的コンプレックスの塊ではないのか。ほとんどあらゆることで言い負かされ、挙げ句に、時折叱責を受ける。そこから生まれた反撥なのだろう。私の論理に欠落があると、ここを先途とばかりに攻め込んでくる。「知らないの?」の一言には、勝ち誇った思いが見え隠れする。
夫婦間の人間関係とは、なかなかに難しいものではある。

なるほど、そうであるか。しかし、私が風邪なのだから、まあ、インフルエンザってことはないよな。しかし、どうして俺、風邪なんかひいちゃったのかな?

「そういえば、俺、横浜で目一杯働かされてさ」

18日、東京・築地で、会社の同期会があったことはご報告した。その日は横浜に泊まり、19日も瑛汰の懇願で横浜で過ごした。その日のことである。

「お父さん、2階にあるベッドを3階に移して、2階の部屋を瑛汰たちの遊び部屋にしたいんだけど」

次女にいわれ、2階にあったセミダブルのベッドを解体して3階に運び、当然のことながらマットレスも3階に押し上げた。
ベッド本体は、解体すれば軽いものである。だが、マットレスはそうはいかない。長男が家を出るときに残していった低反発型のマットレスで、これ、解体するわけにはいかない。それに、やたらと重い。

「どうやって2階の部屋に運び入れた?」

「なんか、引っ越し屋さんがやってくれたんで覚えてない」

という役に立たない会話を次女と交わしながら、でも、運ばざるを得ない。

「ちょっと、もう少し押して!」

 「待て、俺が下から押し上げるから、お前、上から引っ張れ。おい、瑛汰、危ないからどいてろ!」

折りたたむわけにも行かないマットレスを、押して、引いて、引きずって、何とか3階の部屋に押し込んだ。
時は真冬である。作業を始める際は、下着、シャツの上にセーターを着込んでいた。しかし、作業が進むと、セーターなんか着てはいられない。もう、全身汗だらけである。
セーターを脱ぎ、シャツの袖をまくり上げ、

「瑛汰、タオルを持ってきてくれ。ボス、汗だらけだわ。暑い!」

ということがあったが、あのときかいた汗が風邪の原因かね? 汗をかくと全身が冷えるからなあ。冷えて免疫システムがうまく働かなくなったところへ風邪のウイルスがホイッと飛んできたらひとたまりもないわなあ。ほかに原因は思いつかないし……。

しかし、しつこい風邪だな。もう3日目だっていうのに、全身の倦怠感が取れないぞ。歳をとって体力が落ちるって、こんなことなのかね。しかし、体が辛いなあ……。

「俺も医者にいって薬をもらってくるわ」

そう思い立ったのは、もう午後4時近かった。車で、私の行きつけの内科医に行った。

「どうしました?」

受付の女性が問いかけてきた。

「風邪をひいたみたいで」

 「じゃあ、まず体温を測ってください」

36.4度。平熱である。

「では、診察室へどうぞ」

この日は女医さんであった。つまり、奥様の方である。旦那さんの方が優しいお医者さんであるのだが、彼とは先ほど待合室で顔を合わせ、

「ねえ、大道さん、アベノミクスってどう思います? そりゃあ、私だって、景気が良くなる方がいいに決まってますけど、でも、あれって大変に危険な処方ではないですか。そう思いません?」

と出会い頭に問いかけられた。患者に経済・政治論議をふっかける医者も珍しい。

「あのー、今日は私、患者で、どうやら風邪をひいたらしいんで」

 「あ、こりゃ御免なさい。今日の診療は、奥さんの番ですので、よろしくお願いします」

患者は私である。よろしくお願いしたいのは私なのである。

その女医さんに喉を覗かれ、血圧を測られた。

「どうですか?」

 「うーん、血圧が高い。それに喉が赤いね」

 「そりゃあ、風邪ですもん。血圧も上がるだろうし、喉も赤くなりますわ」

ああ、やっぱり風邪か。それほど喉は痛くないんだけどなあ。クソッ!

「せっかく来たんだから、インフルエンザの検査もしておきますか?」

と申し出たのは私である。医者に勧められたのではない。勧められたら拒否していたかもしれない。
が、風邪とインフルエンザの症状はよく似ている。まさかインフルエンザだとは思わないが、せっかく病院に来たのだ。検査をして安心してもいいではないか?

先に脱脂綿のついた金属の棒で鼻の奥をグリグリされた。

「しばらく待っててね」

はい、待ちますとも。

そして、しばらくした。

「あー、出ちゃったね、インフルエンザ。それも、今時A型なんて、珍しくレトロ。すごいね」

患者に向かって、レトロ? 私にいわせれば、そう言い放つあなたの感性の方がすごい。

 「インフルエンザってね、発症してから5日間はウイルスを外に出し続けるのね。ウイルスの活性を抑制する薬は出しますが、5日間は外出禁止ね。えーと、あなたの場合は、発熱が21日の夜だから、26日の夜までは禁足令を出します」

インフルエンザ? ホントに? 風邪じゃなかったの?

「えーっと、困ったな。実は、明日24日に大事な飲み会があって、どうしても行かなきゃいけないんだけど」

 「明日? 無理無理! 外出禁止令中ですよ」

 「いや、そこを何とか。マスクをしていきますし、酒を飲むときもマスクははずさないって約束するし」

 「あのね、マスクじゃウイルスは遮断できないの。ダメといったらダメ」

私は医院の裏口に導かれ、まるで死神か何かのようにそこから追い払われた。

薬局に行き、薬をもらう。1種類だけ。吸入薬である。1度吸入すると、5日間、インフルエンザウイルスの活性を抑えるのだそうだ。

「ここで吸入して行かれます?」

お言葉に従い、その場で吸入した。なんでも、今年から使われ始めた優れものらしい。自宅に持ち帰る薬はゼロである。何日もタミフルを飲み続けなければならなかったのに比べれば、いまやインフルエンザとの闘いは楽なものだ。

しかし、俺がインフルエンザ?
俺が、インフルエンザ・ウイルスのキャリア?

困った、真から困った。明日以降のスケジュールをどうする?

23日夕、すでに薄暗くなり始めた桐生の街を、私は考え事しながら車を走らせた。

 

インフルエンザ譚、なかなか終わりませんな。
明日は最終回を目指すということで、本日はこのあたりで。

あ、すでにおわかりかと思いますが、私、インフルエンザの隔離期間は終わりました。明日からは通常通り仕事に出ます、はい。