07.03
2013年7月30日 真夏の珍道中1 「この人、64歳」
我が音楽の原点である The Beatlesに、というより、Paul McCartneyに、When I’m Sixtyfourという曲がある。
「俺が64になったら」、さて、どうなるのか。
When I get older, losing my hair
Many years from now
Will you still be sending me a Valentine
Birthday greetings bottle of wine
If I’d been out till quarter to three
Would you lock the door
Will you still need me, will you still feed me
When I’m sixty-four
You’ll be older too
And if you say the word
I could stay with you
I could be handy, mending a fuse
When your lights have gone
You can knit a sweater by the fireside
Sunday mornings go for a ride
Doing the garden, digging the weeds
Who could ask for more
Will you still need me, will you still feed me
When I’m sixty-four
Every summer we can rent a cottage in the Isle of Wight
If it’s not too dear
We shall scrimp and save
Grandchildren on your knee
Vera Chuck and Dave
Send me a postcard, drop me a line
Stating point of view
Indicate precisely what you mean to say
Yours sincerely, wasting away
Give me your answer, fill in the form
Mine for evermore
Will you still need me, will you still feed me
When I’m sixty-four
俺が歳とってさ、ひょっとしたら禿げちゃってさ
いやいや、もちろん、ずっと先のことだけど、そんなことになるかも知れないし
それでも君は、バレンタインカードや、誕生日プレゼントのワインを贈ってくれるかな?
ほら、もしもだよ、俺が朝3時前まで帰れなかったら、俺の代わりに戸締まりをちゃんとしてくれる?
あのう、俺が64になっても、俺がいなきゃ嫌だって言って、飯、作ってくれる?
そりゃあ、君だって歳をとるさ。
でもね、君があの秘密の言葉、「愛してる!」っていってくれるんなら、
俺、君とずっと一緒にいてられると思うんだ
俺さ、明かりが消えたとき、ヒューズを直せるぜ
とにかく使い勝手のいい俺だからさ、君は暖炉のそばで編み物をしてればいいんだよ
そうそう、日曜の朝はドライブに行こうじゃないか
庭いじりして雑草なんか抜いちゃう
ほかに何か要るかい? 最高の暮らしじゃないか!
俺が64になっても、俺がいなきゃ嫌だって言って、飯、作ってくれる?
夏になったら、毎年ワイト島にコテージを借りようよ
あんまり金はないから、安ければの話だけどさ
うん、節約してお金を貯める
君の膝の上には孫たちがいるんだ
ヴィラとチャックとデイブさ
ねえ、ハガキをくれよ
俺が知りたいこと、分かってるだろ?
そこに向かって、直球の答えをくれよ
拝啓とか敬具なんて形式は時間の無駄さ
型通りでいいからこう書くんだ
君は永えに僕のものだって
ねえ、俺が64になっても、俺がいなきゃ嫌だって言って、飯、作ってくれる?
ということらしい。
つまりこいつは、口説き文句なのであった。そのポールの口説きは、女優、ジェーン・アッシャーには通じなかったものの、その後3人に対しては効果を発揮した。まさか、歌詞通りの口説き文句を並べたのではなかろうが、口説いたのは世界のポールである。口説いたから女が来たのか、口説かれた振りをして女が寄ってきたか。
有名人、資産家、憧れのロック・スターとは、ひょっとしたら最後の最後まで、妻を信じられない哀れな人たちなのかも知れない。
というのは、私のやっかみである。
それはいいが、私も64歳になった。幸い、頭の毛は一部色が変わったとはいえふさふさするほど残っており、ポールさんが予測した64歳とは違う。バレンタインのカードも誕生日プレゼントも欲しくない。ワイト島のコテージを予約する気もない。ヒューズは世の中から消え失せたし、我が家に暖炉はない。雑草は抜くが、これが最高の暮らしか?
しかし、紛れもない64歳である。
7月26日、私と啓樹と瑛汰は、午前7時半過ぎに横浜の家を出た。我々を羽田まで送ってくれるのは啓樹のパパであった。何事もなければ20分ほどで到着するはずの羽田だが、そこは平日、高速道路は混む。乗ってすぐ、ノロノロ運転となった。幸い、川崎大師を過ぎると順調に流れ始め、8時過ぎには空港に着いた。
航空券は、ネットで予約した格安チケットである。プリウンとアウトしたバーコードをかざせば大丈夫だと言われ、ここに来た。
まずは手荷物検査である。
言われたとおり、私と啓樹は何の問題もなくパスした。ところが、瑛汰がパスしない。
「何でだよ。機械がおかしいのとちゃうか?!」
と凄んでみても、係員は
「我々には分かりません。あちらのカウンターでお尋ねください」
の一点張りである。らちがあかない。
恐らく、マニュアル通りの対応なのだろう。マニュアルがないと仕事ができないヤツを、普通は使えないヤツという。
やむなく、全日空のカウンターに行く。
「一人だけ入れてくれないんだけど、どうなってるのかねえ」
「はい、ご予約が2つに分かれておりまして、瑛汰さまだけが単独の予約となっております。お子様の場合、保護者の方と一緒の予約であればそのまま通過できるのですが、お一人での予約では、安全のためにお止めすることになっています」
そういえば、格安航空券を買った会社から
「当方のミスで、予約が2つに分かれてしまいました」
という連絡を受けていたことを思い出した。
「何か困ることあるの?」
と聞いたら、
「いえ、間違いなく搭乗できますので」
と答えたので放っておいたが、こういうことだったのか。そうならそうと、ちゃんと説明すればいいものを。
「はい、申し訳ありません。こちらで手続きをいたしますので」
全日空の担当者はあくまで丁寧だった。で、何の問題もなく手荷物検査をパス。我々は、広い羽田空港を搭乗口目指して歩いた。
「ボス」
と瑛汰が呼びかける。
「あのさ、ガム買って」
ガム? まあ、気圧が変わる機内でガムをかむのは合理的な対処法ではある。しかし、こいつらの母親たちは、子供を徹底的に管理する。おかしなものを買い与えると、お目玉を食うのは私である。
ガム……。どうする?
ま、いいか。啓樹も瑛汰も、母親の管理を逃れる希有な機会に浮かれているのである。いいじゃないか、あとで俺がお目玉を食らえば済むのなら。
「よし、一つずつだぞ」
それですむはずだった。次に啓樹が口を出した。
「ボス、これが食べたい」
見ると、土産品のクッキーである。言われて、大牟田のの母に持っていく土産を用意しなかったことに気がついた。
「よし、啓樹、それを買おう。ついでに瑛汰、お前も食べたいものを選べ。それを大ババへの土産にする。お前たちが選んだ土産を大ババにあげて、お前たちは大ババと一緒に食べる。それでいいか?」
土産とは、もらった人の喜ぶ顔を思い描きながら選ぶものである。それを啓樹と瑛汰に教えたい。もっとも、啓樹と瑛汰は、大ババの喜ぶ顔ではなく、このクッキーを頬ばってニンマリする自分たちの顔しか思い浮かばなかったかも知れないが。
搭乗まであと数分だった。私の携帯が着信を示した。見ると、啓樹のママ、つまり私の長女である。
「あのさ、○○(ここには啓樹のパパの名前が入る)はどうした?」
どうした、って? そりゃあ、我々を降ろして横浜の家に戻ったに違いないではないか。
「だって、まだ戻ってこないんだけど」
事故? 一瞬、不吉な重いがよぎった。
「いや、来るときも結構混んでたから、帰りも混んでるんじゃないか?」
そう答えて携帯電話の電源を落とした。機内で電子機器の電源は落とさねばならない。
どうなったか気になって、読み進めない方のために、時間をすっ飛ばして結論を書いておこう。
啓樹のパパは道を間違った。それで戻るのにたいそう時間がかかった。それだけのことだった。ま、確かに今の羽田、道が分かり難い。
我々の席は、確か40列目だった。3人まとまって座れる席がそこでないと取れなかったためだ。席にたどり着き、荷物を頭上の荷物入れに納める。
「啓樹、瑛汰、シートベルトを締めろよ」
「ボス、ガム食べていい?」
「シートベルトを締めてからだ!」
「締めたよ。食べていい?」
と啓樹。
「ボス、これ、どうやって締めるの?」
と瑛汰。お前なあ、何度も海外旅行に行ってるだろ?
すったもんだしていたら、30をいくらか出ているであろうキャビン・アテンダント(昔はスチュワーデス、スッチーといっていたけど、今は何だかいかめしい呼び方である)がやってきた。なかなか魅力的な女性である。
「僕たち、旅行に行くの?」
この呼びかけに、瑛汰が反応した。こいつ、私の血を引くだけあって、魅力的な女性にはからきし弱い。
「うん、九州に行くの」
ま、その程度ならいい。
「僕ね、◇◇(ここには瑛汰の名字が入る)瑛汰。神奈川県から来たんだよ。7歳。小学校1年生なんだ。隣にいるのはね、△△啓樹で三重県から来たんだ。3年生で7歳。従兄弟なんだよ」
この発言も、説明が詳細にわたりすぎる嫌いはあるが、まあ問題はない。
「僕たちね、九州に行ってね、レンタカー借りて大牟田に行ってラーメン食べて、大ババも連れて阿蘇に行くんだよ」
なんでそんなプライベートなことをペラペラしゃべる? ま、確かに女を口説くためには、時として己のプライバシーを明かす必要があるのは認めるが。
「この人はね、僕たちのおじいちゃん。僕のママと啓樹のママのお父さんでね、64歳!」
……。
瑛汰、ひょっとしたらボス、このお姉ちゃんと仲良くなれたかも知れないんだぞ。いや、ひょっとしたらボスは、このお姉ちゃんと仲良くなりたいと思っているのかも知れないんだぞ。仲良く、って、お前の考える仲良くというのとは違うんだぞ。
それなのに、そんな、おじいちゃんだとか、64歳だとか言っちゃったら、仲良くなるきっかけすらつかめないじゃないか。ちっとは口を慎むってことを知ったらどうだ?!
ねえ、せめて
「この人、僕たちのボスなんだ」
程度で留める気遣いを……。まあ、無理だわな。
When I’m Sixtyfour、Now I’m Sixtyfour.
我が思いを知ってか知らずか、啓樹と瑛汰は機内で、
「おい、少し静かにしろ。ほかのお客さんに煩いだろ!」
と私に叱られつつも、テンションを下げることなくはしゃぎ続けるのであった。