12.24
2015年12月24日 失策
昨夕、神戸出張から戻った。本日は、そのレポートである。
出立の数日前、桐生市のO氏は
「ああ、そう。神戸に行くの。どうせ夕飯を食べなきゃいけないんだろうから、良い店を紹介するよ」
と親切にも申し出てくれた。
私だって、神戸に行ったことがないわけではない。桝谷さん(ご存じない方は、「音らかす」をご一読ください)がご存命だった折、数回お訪ねしたことがある。
が、だ。神戸に行く目的は、いつも桝谷さんに会うことだった。必然的に夕食をご一緒することになり、であればさらに必然的に、行く店を決めるのは桝谷さんだった。
桝谷さん亡き後、私にとって神戸は未知の都市である。
であるから、O氏の申し出を喜んだ。喜んで、待った。電話で来るのか、メールが来るのか。
どちらも来なかった。ために私は、歯がかけた。
ふむ、分かり難い文章である。
O氏から何の連絡もなかったことが、どうして私の歯をかくことになるのか。これから書く、我が神戸滞在記をお読みいただければ、御納得いただけると思う。
21日朝11時前に桐生を出たのに、神戸に着いたのは午後5時近かった。狭い日本でも、遠い所はある。
ホテルにチェックイン、しばらく部屋で読書する。なにしろ、他にやることがない。仕事は翌22日なのだ。どうやって時間をつぶせばよい?
と考えて、6時にはホテルを出て、三宮で晩飯スポットの探索を始めた。なにしろ、O氏の案内はないのだから自力で探すしかない。
出る前にホテルで
「神戸で食っていくべきものは?」
と聞くと、
「神戸牛」
との返事が返ってきた。神戸牛? ステーキ? 高いだろ?! 何の因果で、たったひとり夕食をとるのに、そんな大枚をはたかねばならぬ?!
と訝りつつ街を歩くと、やはり神戸牛のステーキは高い。3000円で食える、などという店もあるが、ここまで値下がりすると
「それ、ホントに神戸牛?」
と突っ込みを入れたくなる。
が、ホテルが紹介した店は、初等コースで8000円だ。なるほど、これなら本物かも知れない。が、ステーキだけで8000円ということは、酒を飲み、他にチョロチョロとつまんでいると、すぐに1万2000円、1万5000円になる。一晩の夕飯代が1万5000円?
それは、あまりと言えばあまりである。
というわけで、早々と神戸牛は断念した。
「だが、だったら何を食う?」
テクテク歩くこと、約30分。神戸牛を外すと、あの神戸でも、何処でも食べられるようなものしかない。いや、思い切って飛びこめば、ひょっとしたら
「これはめっけもの」
というのがあるかも知れないが、飛びこむきっかけがなかなかつかめない。
そのうち、
「久留米ラーメン」
という看板を見かけた。おお、九州ラーメンの元祖と言われる久留米ラーメンが神戸まで進出したか。であれば、本日の夕食の仕上げはこれしかない!
それまでのつなぎは何にしよう?
と再び歩き回り、最終的に飛びこんだのは
「宮崎地鶏 日向」
であった。
これは、東京にも、銀座と新橋に店がある。行ったこともある。裏切られることはなかろう。ここで鳥を食い、酒を飲み、仕上げは久留米ラーメン。この日の夕食プランが完成した。
ん? なかなか歯がかけない?
いましばらくお待ちいただきたい。
地下にある店に入り、カウンターに陣取った。メニューを開く。
「!?」
高い。東京の店より高い。鳥の腿焼きが2160円もする。俺が通っていた頃の東京の店では、確か1300~1400円程度ではなかったか? 鶏皮も軟骨も、東京で支払っていた価格の1.5倍、といった見当だ。
「日向、このデフレの時代に、いつの間にこんなに値上げした?」
が仕方がない。可愛いアルバイトのネーチャンに見とれつつ、腿焼き、鶏皮、軟骨、アスパラを注文。生ビールを頼んで読書をしながら食べ始めた・
最後に出てきたのが軟骨である。
1つ食べたら、やたらと硬い。とうとうかみ砕けず、周りの肉だけ食べて、骨は出した。
2個目に取りかかる。これも硬い。が、1個目よりもましだったので、何とか骨までかみ砕いて飲み込んだ。
「ごめん」
あの可愛いねえちゃんに呼びかけた。
「この軟骨、硬いんだわ。申し訳ないが、もういちど加熱するとか何とかして、もう少し柔らかくしてくれないかなあ」
ねえちゃんは私の軟骨が入った皿を持って調理場に入った。見ていると、調理人と何か話している。やがて持っていった皿をそのまま持ってきた。
「これ以上柔らかくはならないって?」
「はい」
まあ、大学生のアルバイトである。いくら可愛くても、世の中経験はほぼゼロに近い。これ以上の返事を期待するのは無い物ねだりである。
そこまでは理解のうちだが、でも、そういわれてしまえば、そのまま食べるしかない。覚悟を固めて、再び軟骨を口に運び始めた。そして、何個目だったろう。
ガキッ
口の中で嫌な音がした。痛みはない。舌で探ると、何やら硬いものがある。吐き出した。
「あちゃ。また割れちゃったよ」
歯のブリッジを、化粧のために覆っているプラスチックが私の指先にあった。
「これで何度目かなあ」
化粧用のプラスチックである。これが割れたからといって、ブリッジの機能に問題はない。つまり、普通に食生活はできるのだが、のぞき込むと金属のブリッジが黒くむきだしになって見た目が悪い。
「くーっ、軟骨なんか頼まなければ」
「O氏が、ちゃんと情報をよこしていれば」
様々な思いが沸き立つが、ことが起きてからでは間に合わぬ。
かくして私は、
「えーっ、そんなに取るのかよ」
と思いつつ、にこやかに勘定を済ませて店を出た。
出ると、あとは久留米ラーメンに一直線である。なにしろ、久留米ラーメンが入るだけの胃の容積を残して食べるもの、という選考基準で選んだのが「日向」だったのだ。歯がかけたくらいで、初心を忘れてなるものか。
椅子もないカウンターだけの店で、迷わず久留米ラーメンを頼んだ。
出てきたラーメンのスープを一口すすって、
「初心なんか忘れりゃよかった」
と後悔した。不味い。スープが不味い。こんなの、久留米ラーメンじゃない!
スープが不味ければ、麺が不味いのは当然ともいえる。これで700円。神戸の食生活、ろくなもんじゃない!
翌日、仕事を終えて新神戸駅に着いた私は、そこの売店でステーキ用の神戸牛を買った。3枚で1万2000円強。1枚4000円の超高額商品である。これ、生鮮食品だから、消費税率が引き上げられても価格は同じであるはずだ。
それはそれとして、なぜ高額食材に手を出したのか。
私が神戸に行くというと、我が妻女殿は
「だったら、神戸牛でも食べてくるのね」
とおっしゃった。だが私は、法外な価格に仰天して、歯をかくに至った。
「うん、昨夜1万2000円は使わなかった。同じお金を出せば、もっと多人数で神戸牛を味わえるではないか?」
かくして購入したのである。
あわせて、肉まんを買った。もうひとつ、明石焼き、と書いてあるものも買った。
22日、横浜の瑛汰のところで1泊した。瑛汰にクリスマスプレゼントも買わねばならぬ。瑛汰のリクエストは、
「Book-offで沢山本を買って」
であった。
新横浜で次女の車に拾われ、そのまま横浜駅西口へ。瑛汰の本を買って自宅に戻った。
神戸牛3枚のうち2枚は、瑛汰、璃子、そして次女、その旦那用である。1枚だけを桐生に持ち帰る計画だった。
夕食に、その神戸牛のステーキが出た。
私は66年の生涯で初めての、次女は35年の生涯で初めての、超高額高級牛肉である。
「これ、お箸で切れるよ!」
と叫んだ、わずか5年の生涯で超高額高級牛肉を口にした璃子は、風邪の菌がお腹に回って腹具合が良くないらしかった。食べながら
「なんか、お腹痛い」
と何度か訴えた。
が、断固として肉だけは食べた。一切れ残っていた肉に次女が箸をのばすと、
「ママ、だめ! それ、璃子が食べるの」
肉付きの良いグラマラスな女に育ちそうな璃子である。
さらに、たこ焼きが食べたいとのリクエストが子供たちから出た。たこ焼き? ボスが買ってきたのは明石焼き。ダシに通して食べるたこ焼きだぞ。
「うん、それでいい!」
箱を開けた。焼きダコが入っていた。明石で捕れたタコに味をつけて焼いたもので、これで簡単にタコ飯ができるとあった。
「ゴメン、たこ焼きじゃなかったわ」
昨日午後、横浜を出て桐生に戻った。肉まん2個とステーキ肉1枚を妻女殿への土産にする予定だった。が、考えが変わった。
「肉は半分で良いわ。年寄り2人だから、1枚じゃ多すぎる。瑛汰と璃子に食べさせろ」
かくして、新神戸駅で買った土産は、9割までが横浜で消費されたのである。
今朝は、出張の後始末に取りかかった。
名刺を整理しようと名刺入れを探したが、
「あれっ、名刺入れがない!」
どこかで落としたらしい。神戸でお世話になった先、横浜の次女に問い合わせたがないという。新幹線やタクシーの中で落としたのなら、私の名刺がたくさん入っているから連絡してくれるはずだ。が、いまだもってどこからも連絡がない。
困った。頂いた名刺がたくさん入っている。神戸の分だけでなく、先日うかがった真岡市の会社で頂いた名刺も入っていた。
「御免なさい!」
とりあえず、謝罪のメール書きに追われた今日の私であった。
しかし、私の名刺入れ、今ごろ何処にいるのだろう?
これって、さんざんな出張、なのかな?