09.23
2017年9月23日 婚約成立
といっても、私のことではない。我が子どもたちはすべて家庭を持っているので、彼らのことでもない。その子どもたちの世代は、いちばん年かさの敬樹にしてからがまだ中学1年生。婚約にこぎ着ける年代にはまだ時間がかかる。だから彼らでもない。
嫁入り(ひょっとしたら婿入り?)が決まったのは、我が愛車、BMW320i ツーリングワゴンである。同業の後輩の手に渡ることになった。
この後輩、桐生で出会って間もない頃から
「大道さん、これ、車を買い換えるときに僕にくれませんか」
と冗談めかしていっていた。私は
「いいけど、俺、この車、15年乗るぜ。その時まで生きていられるか?」
と、これまた冗談めかして答えていた。先日、それをふと思い出したのだ。
惚れた車である。途中で他人の手に渡すことなど、夢にも考えなかった。何年乗っても飽きず、
「新車にはまったく関心がない」
と書いたこともある。壊れるたびにきちんと修理をし、乗り続けてきた。
気が変わったのは、今年、5回目の車検に出してからである。ディーラーに
「エンジンオイルが大量に漏れて排気管が濡れるほどになっている」
と言われ、修理した。車検費用込みで35万円。それほどの金をかけたのに、急加速中にエンジンが瞬断する不具合は残った。そこまで直すと、さらに20万円から30万円かかるという。
「それだけかけたら、あと5年、7年乗れるかな」
と訊くと、ディーラーの整備マンは
「なにしろ12年目、12万㎞の車ですからねえ」
と言葉を濁した。とすると、いまから30万円をかけるのは無駄かな?
エンジンの瞬断は急加速をしなければ起きない。エンジン回転数を4000ぐらいに抑えておけば、時速140㎞まで加速しても何も起きない。だから、いまのところ快適に運転している。
「でもなあ」
と思うのは、昨年暮れ、エンジンがかからなくなって35万円ほど修理費がかかったからである。考えてみれば、わずか半年の間に修理費だけで70万円以上を支払っている。この上、エンジンの瞬断が頻発するようになったらまた30万円…。
これは、毎日車を運転する身になればストレスである。壊れるな、壊れるな、と願いながら運転しなければならないのである。できればストレスを減らしたい。しかし、買う気になっているBMWの新型はまだでない。新型車は毎年マイナーチェンジを繰り返して故障の少ない車になる。とすると、勝ってもいい新車が出るまでにあと4年……。
そんなとき、後輩を思い出したのだ。
「という状況の車だが、まだ関心はある? 今年7月にタイヤを交換して10万円ほどかかった。だから、もし君がまだ関心があるのなら10万円で譲ろうと思うのだが」
こうして今日、試乗会を開催した。彼は奥さんと小6の娘さんを連れてきた。
「俺としてはどちらでもいい。しかし、君がまだ関心を持っていてくれるのなら、この車が快調に動いている間に乗ってほしいと思っていま声をかけた。関心がなくなったのならそれでいい。この車が壊れるまで俺が乗る。好きなように判断してほしい」
と断った上で、現在の車の状況を全て説明した。
何でも、この車が彼の元に行くことになったら、主に使うのは奥さんになるそうだ。試乗はまず奥さんから始まった。
「いやー、乗りやすい!」
市内を一回りした奥さんは、すっかり気に入ってくれたようだ。
後輩はやはりエンジンの瞬断に引っかかりがあったようなので、
「普通の加速では症状は出ない。アクセルをめいっぱい踏んでの加速の際に時々出る。気になるんだったら高速を走ってみる?」
かくして、我々4人を乗せた車は、後輩の運転で北関東自動車道を走った。彼はアクセルをめいっぱい踏んだ。速度計の針はたちまち150㎞を超えた。
ガクン!
久しく出なかった瞬断が出た。やっぱり、急加速するといけないらしい。
「これだよ、いってた不具合」
「あ、これですか。これならたいしたことはないですよねえ。気にならないわ」
さらにアクセルを踏まれた車は、すぐに160㎞まで達した」
「君、走るねえ」
「だって、大道さんがアクセルをめいっぱい踏めっていうから。でも、いいですねえ。この速度でも車内で会話ができる。静かな車だなあ。シートもいい。座り心地がまったく違う」
かくして、彼も気に入ったらしい。出発地点に戻って
「返事は今でなくてもいいから。でも、少し早めにしてほしい」
という私の話に、奥さんが
「いいんじゃない、いま決めても」
こうして婚約が成立したのである。
となると、これから私は代わりの中古車を探さねばならない。業者間のオークションでいい車を落としてもらうよう、頼みに行かねばならない。
引き渡し=結婚式、は、私の次の車が桐生に到着してからになる。新しい車もBMWに決めてある。今度はセダン、ディーゼルエンジンにする。中古車だから色は選べない。色より、走行距離が少ない車、できるだけ安い車、程度のいい車に絞ってお願いすることになる。
10月半ばまでには何とかなるのではないか。
今日は横浜に行くはずだった。瑛太の家庭教師である。算数と国語で瑛太を締め上げようと考えていた。ところが、昨日来の雨で1週間順延となった。
もともと、今日は瑛太、璃子の通う小学校の運動会の予定だった。だから、明日日曜日にじっくり勉強をさせ、月曜日の早朝に横浜を出て桐生に戻る計画を立てていた。
ところが運動会が雨で日曜日に延びた。となると、瑛太と勉強する時間がない。
「じゃあ、運動会の応援に行こうか?」
とも考えたが、横浜行きの目的は元々違う。次女と瑛太が話し合ったすえ
「ボス、来週来てよ」
ということになった。車の試乗会を今日開くことができたのはそのためである。
運動会の順延を聞いて、璃子は朝から大泣きしたらしい。
今日は秋分の日、祝日である。祝日は歯医者さんをやっているパパの仕事もお休みだ。だから、今日が運動会ならパパに見てもらえた。しかし、明日日曜日はパパの歯医者さんはお仕事なのだ。だから、パパに運動会を見てもらえない。
電話の向こうで大泣きしている璃子の声が聞こえた。が、これだけは何とも慰める言葉がない。
「そうか、璃子はそんなにパパが好きなのか。いいことである。そういえば、璃子のママも、子どもの時はボスのことが大好きだったんだけど、いまはどうなんだろうね?」
と考えをめぐらせつつ電話を切った私であった。