2017年10月5日 唖然

らかす日誌

駅のトイレを掃除していらっしゃる市議会議員さんが桐生にいらっしゃると聞いた。本日のことである。

ほうほう、市議会銀といえば、選挙の時だけ頭を下げまくって、選挙が終われば

「先生」

と呼ばれてふんぞり返っている連中ばかりかと思っていたら、そんな奇特な方もいらっしゃるのか。なるほど、善行とは陰でやるものである。
と思って聞いた。

「見たの?」

否定の返事をもらった。

「ああ、そうなんだ。だったら見た人に聞いたんだ」

と、普通なら考える。私は普通の中の普通の人だから、そう聞いた。

「違うんです」

えっ、違う? だったら、何でそんなことを知ってるの?

「Facebookで見たんです」

だったら、見た人のレポートで知ったわけだ。なるほど。

「そうじゃないんです。Facebookにアップしているのは、その市議さんなんです」

……。

ということは、あれか? 自分でトイレ掃除を始め、トイレ掃除をやる自分をFacebookで発信してるってこと?

「ええ。それだけじゃなく、今日は○○さんが一緒に掃除してくれた、なんて事細かにアップされ続けてるんですよ。ひょっとしたら、あれ、『Facebookで私が発信するから、あなたもトイレ掃除をしてみない』っていって誘ってるのかしら。これも選挙活動?」

これ、そんなことまでするかとったらいいのだろうか。それとも呆れるのが常道か。市議のくせして、善行は陰で行うものだという常識すら持ち合わせていない阿呆とののしるべきか。
いずれにしても、唖然とした。

この市議さん、どこかおかしい。

まず、駅のトイレなら、駅を経営する会社が己の責任で清潔にしておくべきものである。それが客へのサービスというものだ。

「あの駅、会社は掃除はしてないの?」

 「やってますよ、ちゃんと。それなのに、あの市議さんが掃除を始めたんです」

この人、何のためにトイレを掃除するのか?
鉄道会社のトイレ掃除が不行き届きで不潔だから、自らの行動で会社に思い知らせようとの意図で誰もが避けたがる仕事をボランティアで引き受けておられるのか。それも市民に奉仕する市議としての活動の一環だと考えて。

それとも、おかしな企業が時々手がける

「己を磨く、精神修養ための労働奉仕」

として、続けていらっしゃるのか。それほど己の人間性が曇っていると考えて。

私の桐生暮らしは9年目に入った。だからまんざら知らない市議さんでもない。ほんの少しばかりの彼についての知識を元に考えると、どちらもありそうにない。

とすると、結論は一つしかない。

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Facebookで発信するという面倒くさい作業と一体となったトイレ掃除である。そう考えるしかない。

 「ということは、だよ。5歳の子どもが『ママ、僕、庭の掃除をしたよ』と自己申告しておやつや小遣いをねだろうとする手口と一緒だよねえ。見かけたら、そんなに票が欲しいのか? っていってやらなくちゃあ」

その事実を教えてくれた方と2人、笑ってしまった。

面白半分で桜の木を切り倒してしまったワシントンは、倒れた木を見て深く反省、見つかる前に

「僕がやりました。ごめんなさい」

と謝罪したというのは、実話ではないと聞く。だが、人はそうあらねばならないという指針を誰にでも分かるようにうまく表現した話である。
悪事は、自分で明らかにする。

その対局にあるのが善行である。誰にも頼まれず、誰にも見られず、誰にも知らせず、そっと、自分一人で黙々と人のためになることをやる。

「私は善行をしてるんです」

と自ら進んで世に知らせるのは善行ではない。己の卑しさをあからさまにする行いである。
その程度の常識も持たずに、市民の代表?

いったいどんな市民が、このような方を市議会に送り込んだのか。唖然とするほかはない私なのである。

ああ、こんな話を聞いて耳が汚れた気がする。出るのはため息ばかりである。