2018
10.19

2018年10月19日 結果

らかす日誌

今日が精密検査であると昨日書いた。であれば、その結果を報告しなければなるまい。

朝9時前に桐生厚生病院に着いた。診察室に入ったのは多分10時前である。

「では、まずCTを撮っていただきましょう。血管造影剤を入れます。入れなくても取れますが、入れた方がよりはっきり写りますので。それで、アレルギーはありますか?」

ほう、血管造影剤とは、アレルギー反応を引き起こす恐れのある薬剤なのか。

「基本的にはありません。ただ、2、3年前に肺がんの検査をしたとき、ついでにアレルギー反応を調べてくれました。その検査で、軽い花粉症があることが分かりました。杉と、確かもう一つあり巻いたが、どちらも極めて軽いということでした」

「では大丈夫でしょう。次はCT写真を見ながらお話ししたいと思います。まず血液を採っていただき、それからCTという順番になります。終わったら戻ってきて下さい」

いわれた通り、私はまず、現代に生き残るドラキュラどもがたむろする血液採取室に足を運んだ。最近のドラキュラは女性ばかりのようで、それぞれカウンターの内側にいて患者の血を搾り取っていた。

「あ、どうせならあの若くて可愛いドラキュラがいいな」

と野望を抱いたものの、今日の私はくじ運が悪かったらしい。中年の女性ドラキュラが待ち受けるカウンターに行かざるを得なかった。

5本ほどの血を抜いて、いよいよCTスキャンである。
部屋に入ると、短いドーム状の輪っかがあり、その下にベッドがあった。私はシャツを着たまま、その上に寝かされた。

「これからスキャンをします」

ベッドがドームの中を行ったり来たりした。このドームが撮影装置らしい。見ると、

「SIEMENS」

のロゴがある。ふむ、かような医療機器では、日本のメーカーはドイツ勢の軍門に下っているのか。
数回ベッドが行き来すると、看護師さんが寄ってきた。

「これから血管造影剤を注射します。注射すると全身が熱くなります。しばらくすると消えますが、具合が悪く案ったらいつでもいってください」

こうして私の右腕に注射針が刺され、血管造影剤が送り込まれ始めた。

「はあ、身体に熱気が籠もると、男である私は思わぬ行動に出るかも知れないので、私に十分注意して被害を受けないようにしてください」

とジョークを飛ばしたが、通じたかどうか。

最初は何ともなかった。が、10秒ほどするとまず顔がほてってきた。胸から上が何ともほてってくる。

「なるほど、確かに熱くなる」

思っていると、熱気はどんどん下半身に広がり、肛門の周りまでホカホカしてきた。これ、気持ちいいのか、悪いのか。

血管造影剤であるから、今日検査する肝臓と肺にまで造影剤が流れていくまではCTは撮らないのだろう、だとすると、この気持ちいいのか悪いのか分からない状態でしばらく待機するのか。いや、やっぱり快適ではないなあ。しばらく待つのは大変だぞ。
と思い始めたら、ベッドが動き始めた。えっ? 血管造影剤を入れながらCTを撮るのか? そんなに早く造影剤は患部まで流れるのか?

「はい、終わりました。じゃあ針を抜きますね」

と声がかかるまでにベッドが往復したのはほんの数回。多分、2、,3分で終わった。その頃になると、先ほどの熱気もどこかに失せていた。なんと簡単なことか。

「じゃあ、また内科に行って呼ばれるのを待っていてください」

そう声をかけられて、初めて重要なことに気がついた。

「そうか、間もなく、私にガンがあるのかどうかがはっきりするわけだ。ガン細胞が見つかれば次は治療か。重粒子線? オプジーボ? オプジーボが効くのは3割ぐらいだというし、何となく気楽にCT撮影に臨んだが、ひょっとしたら俺はいま、人生の岐路にいるのか?」

と考えながらも、それほど深刻に考え込んだわけでもない。どこか他人事とのような感じである私って、どんな性格をしてるんだ?

内科に戻り、20分ほど待つと診察室に招き入れられた。いよいよ判決の時である。死刑なのか、無期懲役なのか、それとも無罪か。

「はい、CTの映像を見せてもらいました。こちらが造影剤を入れる前の映像で、こちらが造影剤を入れた後の映像です。ほら、造影剤を入れるとはっきり写るでしょう?」

ちょっと待て。それは判決を待つ被告が聞きたいことではない。まず、主文が聞きたいのであって、証拠調べに使った薬剤の効能を知っても仕方がないのであるぞ!

「それで、肝臓は心配ありません」

無罪
目の前にあるディスプレイには私の肝臓を輪切りにした連続写真というか、ほとんど動画に近い写真が、師の操作するマウスに従って様々な部位を見せている。所々に小さな色変わりしたところがあるが

「これは全く悪性ではありません。心配する必要は全くありません。それに、ほらここには水のたまった小さな嚢胞がありますが、これも大丈夫です」

はあ、そうですか。とすると、残りの判決は肺に関するものか。私、肺がん?

「先ほど、肺の専門医にもこの写真を見てもらいました。彼の判断では」

死刑? 無罪?

「肺がんの心配もまるでありません。それに、肺気腫を心配していらっしゃいましたが、これから先のことは分かりませんが、少なくとも現状では肺気腫は起きていません」

おー、完全無罪! 

「血液検査の結果でもガンのマーカーの数値が跳ね上がっていることもありませんし、はい、心配はないと思います」

全面勝訴!

こうして私は自宅に戻った。戻りながら妻女殿にどう伝えようかと考えた。

「何ともなかったぞ」

では面白くない。
そこで、妻女殿にはこう伝えた。

「残念ながら」

これが第一声である。
「どうしたの?」
「入院、治療は」

「だから、検査結果はどうだったのよ!」

「全く必要ないとのことだった」

残念ながら、というのは、事前に妻女殿が

「あなたが入院することになっても、私は全く看病なんて出来ないからね」

とおっしゃっていたことへの意趣返しである。まあ、膠原病を抱える妻女殿である。看病が無理であることは分かる。だが敏感な私は、私に入院して欲しいとの空気を妻女殿の言葉の裏に感じ取っていたのである。だから

「残念ながら」

をきちんとした日本語にすると

「お前さんは残念かも知れないが、入院の必要も治療の必要もなかったぜ」

ということになる。

が、だ。
こんな会話を交わす老夫婦って、大丈夫か?