01.20
トランプ前大統領は今頃、何を考えているのだろう? 何も考えてはいないか?
トランプの時代がやっと終わった。バイデンが間もなく、新しい大統領に就任する儀式が首都ワシントンで行われるはずである。州兵を動員しての就任式になるらしい。まったく
「どうしちゃったの、アメリカさん?」
という感じだ。
トランプは結局、自分で墓穴を掘った。負けたとはいえ、大統領選挙で7000万票を超す厚い支持を集め、2024年の大統領選挙にも共和党から出るのではないか? と見る向きもあったが、連邦議会へのデモを呼びかけて煽動し、議会内で暴れ回る暴徒たちの指揮者になったということで、共和党内からもアンチ・トランプが出てきた。このあたりはアメリカに根付いた民主主義の凄いところだろう。
2024年、78歳のトランプが大統領選挙に出て、不評のバイデンに代わってまたまた大統領になるようなことがあればどうしたらいい? と懸念していたが、これで再出馬はなくなったとみられる。
トランプへの関心は、様々な不法行為が訴追されるのかどうか、つまりトランプが豚箱に入るか入らないかに移った。ホワイトハウスを出たトランプは、あの贅肉の内側に物思う心があるかどうかは知らないが、もしあれば、汚れきった心を痛めていることだろう。
という具合に、これまで様々にトランプの悪口を書いてきたが、実は1つだけ評価していることがある。アメリカの実像を満天下に示してくれたことである。
アメリカといえば、経済力でも軍事力でも最先端の技術開発力でも世界1。間違いなくパックス・アメリカーナを築いた国である。ハーバードやイェール、MITといった教育機関も世界の最高水準を誇り、ITでは間違いなく世界のリーダーである。金融の世界でも、東京・マーケットを抜かしても世界経済は回るだろうが、ウォール・ストリート抜きでは考えられない。誰もがうらやむ国で、
都市の空気は自由にする
ならぬ、
アメリカは自由の女神が見守る国
とばかりに、合法・不法を問わず、アメリカへの移住を願う移民はあとを絶たない。好き・嫌い、敵・味方を問わず、誰もが世界のリーダと認めざるを得ない国だろう。だから、アメリカ国民はみんな、素晴らしい暮らしを満喫していると多くの人が考えてきた。
まあ、黒人差別はある。アジア人もどうやら人種差別の対象になっているらしい。ハリウッド映画には、日本では想像も出来ないような暴力が横行する貧民街がよく登場する。すべてが実像だとは思わないが、あれもアメリカの一面ではあるのだろう。うん、ひょっとしたら、日本の方が暮らしやすいんじゃないの?
だけど、それでもアメリカはいざとなるとまとまり、世界の警察官にもなってくれる。時々はお節介が過ぎるけど。アメリカは偉大な国である。もう一度偉大にする必要なんかないのではないかね、トランプさん?
あれこれ資料を漁って調べたわけではないが、そんなアメリカ像が私の中にもあったのは事実である。
だが、トランプはアメリカの実像を見せてくれた。
様々な問題は抱えながらも、世界で最も自由で豊かな国であるはずのアメリカには、差別する側であるはずの白人にも貧困層が分厚くあって、世の中への恨み辛みを貯め込んでた。政治家もメディアもなかなか光を当ててくれず、いわば誰の目にも触れないアメリカの暗部だった。
大統領選挙でこの「忘れられた白人貧困層」に訴えかけの焦点を絞ったのがトランプだった。トランプは国内のプアホワイトという枯れ草に火を着けて回った。
「不法入国のメキシコ人が君たちの仕事を奪っている。壁を作る!」
「新聞やテレビは嘘のニュースばかり垂れ流している!」
「敵は中国だ!」
これまで歯牙にもかけられずに鬱屈を貯め込んでいた層に初めてライトが当たり、どこに向けて怒りを吹き出せばいいのかをトランプが指し示してくれた。
「俺についてこい!」
と。私から見れば間違った方向ばかりだが、トランプの煽動に乗って鬱屈を吐き出した人たちが数千万人の単位でいたのは確かだ。今回の選挙でトランプに投票した人は、強固な共和党支持者とあわせて7000万人を超えた。
というのが、いまアメリカで起きている現実ではないか。トランプは誰からも目を向けてもらえない日陰にいた人々を日の当たる場所に引き出してアメリカの実相を示したのだと思う。
民主党のバイデン新大統領は、国内の再統一を政策目標に掲げている。トランプが分断したアメリカを、もう一度1つにまとめる、と。
しかし、トランプがあぶり出したのが、ずっとアメリカ社会にしっかりと根付いていながら誰も見ようとしなかった国民の分断だとしたら、アメリカの再統一はできるのかな?
それでなくても、いまや民主党は経済、教育など様々な分野のエリートを基盤とした政党である。労働者の味方であると口にはするが、その財政基盤は豊かなエリート層にある。だから、トランプを熱烈に支持する層に民主党の目はこれまで向いて来なかった。トランプ騒ぎをきっかけに、民主党の目はプアホワイトまで至るのだろうか?
ずっと産業人、金持ちの投打と思われてきた共和党は、実は下層労働者を基盤とする政党であることが、トランプを通じて明らかになった。さて、小さな政府、徹底した自由競争という共和党のスローガンは、どう見ても下層労働者階級に手を差し伸べる方向には動きにくい。
つまり、民主、共和の両党は、不思議なたすきの掛け違えの最中にある。いずれにしても、この両党が牽引するしか名アメリカは、果たしてどこに行くのか?
立ち向かわねばならない課題がはっきりしたことだけが救いである。世界の平和と安定のためにも、バイデン政権も健闘を祈る。