12.02
免許証不携帯という罪を犯してしまった。
ふと気が付いたのは
「タバコでも吸ってくるか」
と思い立った時だった。場所は、刺繍作家・大澤紀代美さんのギャラリーである。
今日は、Web用の原稿(「らかす」ではないが)につける写真を撮る予定だった。ジャカードミシンを操作するコンピューターデータを作成する職人さんの話で、取材中、
「ジャカードミシンでは、どうしても横振りミシンの味は出せない。大澤紀代美さんの作品はいいですよね」
という話が出て来たので、大澤さんとのツーショットを撮ろうと考えたのだ。
自宅を出て職人さんを迎えに行き、大澤さんのギャラリーに到着した。途端に2人の間で刺繍の話が始まった。大澤さんは我々に振る舞うコーヒーを入れる準備を途中で放り出し、横振りミシンの前に座り込んで、
「ほら、こうすると綺麗に縫えるのよ」
と実演を始めた。ご一緒した職人さんも大澤さんの手元をジッと見つめている。こうなると、私の出番はない。2人の話が一段落するまで写真撮影は待つしかない。
「タバコでも吸ってくるか」
と思ったのはそんな時である。
最近の私は、外出時には必ずウエストポーチを身につける。外出時に必要なものはすべてこの中に入れてある。タバコもそのひとつで、ほかには病院の診察券、国民健康保険証などを入れたカードケース、そして免許証を入れた財布がある。時には、文庫本もその仲間入りをする。
タバコを出そうとしてウエストポーチに手を延ばした。ない。
「えっ、俺、ウエストポーチをしてくるの、忘れた?」
あれまあ、ということは、免許証を持たずにでここまで走ってきたのか。こりゃあ、何かあったらことだぞ。
とは思うが、違法状態を解消するためにも、違法状態で自宅まで戻らねばならない。であれば、このまま免許証不携帯を続けても同じではないか?
ということでそのまま写真撮影を終え、大澤さんが入れてくれたコーヒーをいただき、職人さんをご自宅まで送り届けて無事帰宅した。
しかし、である。
ズボンのお尻のポケットに財布を入れていると、財布の金属部分があたるところのズボンの生地に穴が空く。これはいかん、とウエストポーチを引張りだして使い始めたのは、うろ覚えでは半年ほど前のことである。それ以来、一度としてウエストポーチ無しで車に乗ったことはなかった。
それが今日、初めて忘れて出た。免許証不携帯を犯した。
「何故だ?」
と思う。
別に、時間に追われて家を飛び出したのでもない。いつものように昼食を済ませた後は、駐車場に出てパイプタバコを吹かし、
「そろそろ行くか」
とゆとりを持って車中の人になったのである。今日に限ってウエストポーチを忘れて出る状況ではない。
「だとすると」
と不穏な可能性が浮かび上がる。
「俺、そんな年齢?」
あー、いやだ、いやだ!
明日は昼食を済ませてから横浜に車で向かう。我が家に車を起置き、JRで東京に向かう。W君との待ち合わせは5時半、新橋駅である。
さて、2人の会話はどんな展開を見せるのか?
彼によると、昔話だけでも3、4日はかかるのだという。しかし、今や彼は朝日新聞社員ではなく、起業家である。その話を避けるわけにはいくまい。とすると、話が終わるまで5、6日はかかる?
彼の話を聞くのを楽しみにしている私である。