2023
02.28

私は、根拠あやふやな民間療法に頼っているのか?

らかす日誌

恐らく、彼が私の主治医なのだろう。私の前立腺がんを最初に確認した泌尿器科に今朝行ってきた。群大病院で重粒子線による治療を受けるには、この主治医の紹介状が名なければならない。その手続きである。

彼によると、群大病院での初診は3月7日午前9時半から。それでも9時には受付を済ませよという。加えて、駐車場が狭いため渋滞するとの注意も受けた。ふむ、駐車場に入れなくて9時半に遅れたらどうしたらいいのだろう? ま、ここはちょいと早めに到着するように家を出るしかないか。それで渋滞に引っかかったら、それはその場で考える、と。

「当日はね、結構時間がかかると思いますよ。あなたの前立腺から採った組織やMRIの画像を調べますからね」

ああ、そうなんだ。でも、午前中には終わりますか?

「いや、それは僕では分からない」

これまで何人もの前立腺がん患者を群大病院に送り込んできたはずなのに、分からない? あ、そう。
とろこで、事前に男性ホルモンを抑えるホルモン投与があると聞きましたが、それは群大病院でやるの?

「いや、それはうちでもできます」

そもそも、ホルモン剤の投与って、飲み薬? それとも注射?

「注射です。4週に1回」

じゃあ、お宅でやってもらった方がいいですね。近くて便利だ。

「それは群大病院で相談してください」

で、その注射、1回でいいの?

「とんでもない。数回やります」

ということは、実際に重粒子線の照射を受けるのは夏場になるってこと?

「それも、群大病院で聞いて下さい」

ふむ、私の主治医は経験豊富なはずなのに、そのあたりの話もできない? それとも人によって随分違うのかな?

「あー、それから前立腺肥大の薬ですけどね。実は重粒子線の治療はがん細胞を焼くわけで、希にですが、そのために尿が出にくくなることがあります。だから、この薬は飲み続けた方がいいと思いますので、少し先まで処方しておきます」

そうか、重粒子線治療というのはがん細胞を焼くのか。そういえば私は、重粒子線による治療を虫眼鏡で太陽光を集め、黒く塗った紙を焼くことに例えて知り合いに説明してきた。焦点にある黒い紙は焼けるが、レンズと焦点の間に手を入れてもほとんど熱くない。太陽熱のエネルギーを焦点に集中するためだ。重粒子線治療もこれと同じで、肌からがん細胞までの間にある体組織はレンズと焦点の間に入れた手と同じようにほとんど傷つかず、がん細胞で最大のエネルギーを発揮する。そして、がん細胞の後ろ側には影響を及ぼさない。
この例え、まんざら間違いではなかったようである。

しかし、尿が出にくくなることがある、と。もし私がそうなったら、またここに来て治療してもらうんですかね?

「いやあ、管を差し込むなんてあまりやりたくないですよね」

うん、やりたくない。無事を祈ろう

というわけで、私は当日、午前7時半頃家を出ようと思っている。

さて、重粒子線治療がしばらく先だということは、日誌もしばらく前立腺がんから離れることになる。そう思ったら、ひとつ思い出したことがある。私のファミリーが

「そんなもん、当てにならない民間療法じゃないか」

と考えているらしい青嵩とびわの種の粉末である。これらは民間療法か?

青嵩は和名をクソニンジンという。このクソニンジンが、キニーネを越えるマラリアの特効薬であることを発見した中国の研究者は、2015年にノーベル医学生理学賞を受賞した。そして、このクソニンジンにもう1つ、抗腫瘍効果があることが世界の注目を集めている、というのがS院長の説明である。
そんな論文は世界中で発表されており、日本でも鳥取大学の研究チームが論文を発表している。

「アルテミシニンおよびその誘導体であるアルテスネート(ART)、アルテメザー(ARM)は、薬剤および放射線耐性細胞株においてマイクロモル領域で抗がん作用を発揮する。アルテミシニンは子宮頸がん細胞を放射線治療に対して敏感にすることが報告されている」

専門家の書く文章は専門用語が頻出して実に読みにくい。あ、アルテミシニンとはクソニンジンのことだ。

こんな中国発の論文もある。

ART(アルテミシニン)VEGFのオートパラクリン作用を標的とし、がん細胞と内皮細胞間のミトコンドリア生合成、血管新生および移動を抑制することにより、がんと内皮細胞に影響を与えるという仮説を支持するものである」

さらに、私は見ていないが、「Artemisinin, Cancer」で検索すると、膨大な論文が出て来るそうだ。

ではびわの種の粉末は?

これががんに効くというのはアミグダリンといいう物質を含むからである。S院長の説明ではアミグダリンは2分子のブドウ糖とベンゼン環(ベンゾジアゼピン)、それにくっついたシアンからできている。ご存知の通り、シアンは有毒物質である。
がん細胞にはβグルコシダーゼという酵素が正常細胞の1000倍含まれている。このβグルコシダーゼはシアンとベンゾジアゼピンの結合を解き放つ酵素で、がん細胞がアミグダリンを取り込むとシアンが分離し、その毒性でがん細胞を殺す。

また、ベンゾジアゼピン自体にも強力な抗がん作用があるという報告がある。アメリカ国立医学図書館に登録されている論文のひとつはベンゾジアゼピンを基軸として合成したいくつかの物質のがんへの効き目を調べた結果、合成物の1つである9aは

「異種移植マウスモデルにおいて優れたin vivo抗腫瘍活性を示し、阻害率は89.3%で、参照化合物のCA-4P(阻害率:52.8%)およびY-01P(阻害率:77.7%)よりも良好であった。このことから、9a は高効率の抗がん剤開発のための有望なリード化合物であることが示唆された」

と報告されている。まあ、これも専門家が書く医学論文なのでちんぷんかんぷんのところが多いが、ベンゾジアゼピンを使えば有望な抗がん剤が開発できる可能性があるということなのだろう。

ところが、びわの種の粉末は危険であるという報告もたくさんある。シアンを含むからである。ウィキペディアでアミグダリンを見ると、

「俗に『がんに効く』などと言われているが、人を対象にした信頼性の高い研究でがんの治療や改善、延命に対して効果はなく、むしろ青酸中毒を引き起こす危険性がある」

と書かれている。

ところが、S院長はひるまない。

PubMed(医学論文検索サイト)でAmygdalin/ Cancerで検索するとたくさんの論文がヒットします。世界中で研究は進んでいるんです」

と言い切り

In vitro(試験管内)の実験ですが、とくに大腸がん、乳がん、前立腺がん、膀胱がんにはきわめて有効です。ただしパテントが取れないので(利益にならないので?)、製薬会社が実質運営する米国FDAは認可していません」

と有効性を指摘する。そして、毒性については

「正常細胞には、がん細胞が持っていないロダネーゼという酵素があり、シアンを無毒な水酸化シアンに転換するから無害」

と気にしないのだ。

S院長の主張を裏付ける研究の1つは、中国上海市にある同済大学上海第10人民病院の研究論文である。この論文は

「(アミグダリンは)最終的には大量のシアン酸を触媒して細胞死に至る。正常細胞には、青酸を無毒な青酸に変換するロダンが存在するが、腫瘍細胞には存在しないため、青酸によって特異的に破壊される」

「(アミグダリンは)正常なヒトの細胞株では毒性作用がないことが確認されたが、腫瘍細胞株では毒性が確認され、アミグダリンの腫瘍細胞に対する高い選択性が示唆された」

「アミグダリンが酵素で分解された生成物であるベンズアルデヒドがペプシンの活性を阻害し、胃がんに進行しやすい慢性萎縮性胃炎に有効であることを見出した研究もある」

などの研究成果を報告している。

中国、となれば漢方薬の本家である。意地悪く見れば、この論文は中国4000年の知恵を誇りたいという願望が書かせたとも解釈できるだろう。効かないコロナワクチンを造り出した中国の研究水準に不安を覚える人もいるかも知れない。

だが、少なくとも安全性に関する限り、アミグダリンを過剰投与(1.0g経口投与)した1人を除き、(0.5 g経口投与)群では大きな副作用はなかったとも書いてある。バランスが採れた記述であると思う。

S院長も

「ぼく自身ビワ種粉末を6g(早朝および就寝時)」

服用し、体調には変化がないとおっしゃるから、毒性に関してはあまり心配することはないだろうというのが私の判断である。

というわけで、私は青嵩、びわの種の粉末の服用を続けている。ひょっとしたら私のがん細胞、糖質制限も手伝って随分弱っているのではないかと想像しているのだが、残念ながら確認する手立てがない。

という状態で私は、ホルモン療法、重粒子線治療に挑むのである。