06.25
私と朝日新聞 津支局の14 女子高生売春
三重県警を担当したのはちょうど1年間だった。この間の記憶は甚だ曖昧である。特に時間の前後関係がよくわからない。そのため、頭に浮かんだエピソードを前後不同で紹介する。
「先日ガサを入れた暴力団の事務所からこれを押収しました」
と記者クラブにやって来たのは、確か捜査2課長だった。三重県警の捜査2課は知能犯と暴力団の担当だった。
これ、というのは拳銃である。2丁あった。
うち1丁は、アニメ「ルパン3世」で有名なワルサーP38である。私は決して暴力的な男だとは思わないが、ルパン3世が登場するずっと前、小学生の頃からこの銃が大好きだった。とにかく、格好いい。ルガーやモーゼルなどに比べて、工業デザインが優れている。その憧れの銃が、目前にある。
「触ってもいいですか?」
おずおずと聞いた。
「ああ、どうぞ。弾は入っていませんから」
手を延ばしてつかんだ。重い。へーっ、拳銃ってこんなに重いんだ。だが、手にしっくり馴染む。
持ち上げて構える。ふむ、こうやって撃つのか。
段々変な気になってきた。このワルサーP38に弾丸を込めて持ち歩いたら、人を撃ってみたくなるのではないか……。
武器とはそんな魔力を持つものらしい。
私が記者になるずっと前までは、警察は新聞記者に銃を試射させていたという。それに間に合わなかったのはいかにも残念だが、しかし、新聞記者とは銃を持つことが禁止されている一般人の1人でしかない。それなのに、警察が新聞記者に銃を撃たせるのは馴れ合い、癒着といわれても仕方がない。世の中は、少しずつではあるが、まともになってきたのだろう。
「大道さん、ちょっとこれ見てみる?」
そう言って呼び止めたのは防犯課のお巡りさんだった。
「何?」
と応じると、
「実は、松阪市で女子高生売春を摘発するんだよ。その売春をしている女子高生の資料なんだけどね」
女子高生売春? へえ、そんな捜査をやってるんだ。ありがたく資料を見せていただいた。5、6人の女子高生の写真があった。
「これが売春をやってる娘たち?」
「そうそう」
中に1人、目を見張るうような美しい娘がいた。
「えっ、こんな綺麗な娘も売春してるの?」
「そうなんだよ」
「手入れはいつ?」
「もうすぐさ。入ったらあんたにだけは早めに教えてあげるから」
「いや、それ、少し伸ばさない?」
「どうしてさ」
「俺、この綺麗な娘の客になってくるから、それまで待ってよ」
「何言ってんの! そんなこと出来るわけないだろ。俺たちが踏み込んだ時、そこにあんたがいたら、あんたもパクらなきゃならなくなるぞ」
あれほど嫌いだったお巡りさんと、そんな冗談を飛ばし合う仲になっていた。人間、変われば変わるものである。
あの高校生売春事件がその後どうなったか、覚えていない。手入れが行われて彼女たちがお縄付きになったことは確かだが、その元締めが逮捕されたのかどうか、私が特ダネにできたのかどうかは忘却の彼方だ。
ただ、当時の私は、珍しい事件を摘発した警察の活躍ぶりを書くことしか考えず、全く周りが見えていなかった。女子高生売春、援助交際が全国的な話題になったのはそのずっとあとのことだ。あの時周りが見えていたら、なぜ彼女たちが売春の道に迷い込んだのかを取材し、連載していたはずである。家庭が貧しいからなのか、セックスへの憧れか、贅沢を楽しみたいためか、彼女たちを売春に誘う環境が松阪市にあったのか、それとも……。きっと読者の関心を引く記事が書けていたはずだ。
この年になるまでそんなことにも気が付かないから、私はたいした記者にはなれなかったのである。